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『母を亡くして』…リモートディナー

2023年7月9日に亡くなった母にまつわる話です。
*     *     *
母亡きあと、父がもっとも寂しかったのは
夕食の時間だった。
少し前まで、自分の向かい側に座り、
夕食を共にしていた人がいないという現実は、
父にとって、耐え難い時間だったに違いない。

父は、家事炊事なんでもできる。
退職前に、新橋第一ホテルが主催していた「男の料理教室」に通い、
和食と中華の基礎を学んでいた。
当時、“定年離婚”という言葉が流行っていて、
「自分も例外ではないかもしれない」という不安から、
せめて料理くらいはできるようにしたいと思ってのことだったらしい。

父が家事全般を母からスイッチしたのは、
父の退職後のこと。
母には亡くなる1か月ほど前まで仕事があったから、
母を楽にさせようという思いだっただろう。

料理も、母に食べさせたいという思いが原動力。
それがなくなり自分一人分になったら、
父は作る気力を無くして、
コンビニやスーパーのお弁当で済ませてしまうのではないか。
料理をしなくなるのではないか。
そんな心配が私にはあった。

そこで私は毎週金曜日、
少し早めに仕事を終え、2泊分の荷物をもって実家に向かった。
母の遺品の整理や家の掃除の手伝いもあったが、
主たる目的は父と食事を共にすることだった。
父がレンタル農園で育てた野菜を料理し、私に振舞う。
テレビで紹介されるレシピをメモした紙がいくつもの束になり、
そこから食材をみつつ“本日のメニュー”を決めていく。
金曜、土曜、そして日曜は早めに夕食をとり、
父に駅まで送ってもらって都内の自宅に戻る。

問題は平日だった。
父が寂しがらずに夕食を取るには、どうしたらいいか。
そこで閃いたのがLINEのビデオ通話。
父の食事時に繋がることにした。
夕飯は17時30分か18時と早い。
その時間、私はまだ勤務中なのだが、
リモートワークの手を止めて、スマホ越しに父と対面する。

「お父さん、今日のおかずは何?」
「おいしそうだね。どうやって料理したの?」
「仏壇の花、枯れてない?」

会話は非常にあっさりしているが、
それでもお互い、会話の糸口を見つけようとした。

リモートディナーは1か月で終わったが、
週末帰省は、いまだに続いている。
最近は父が何段階かめの節目を越えたのか、
「おまえの都合のつくときだけでいいぞ。無理するな」
と言ってきた。

父の心のなかの整理を感じた。
と同時に、
母がいないことが当たり前になっていったことへの寂しさを
私は感じた。

(了)