あれは「鉄道ブーム」では無かったのか?

「ブルートレインブーム」という言葉はあるが、むしろその後、「鉄道が少年達(一部としても)の好きな定番」である時期は長く続く。
 私がこれを「ブルートレインブーム」と分けて考えるのは、それを引っ張る「一番人気」が必ずしもブルートレインでは無くなってくるからである。
 もちろんブルートレインブーム前から鉄道趣味の少年がいたと言うのもあるが。

 それはいくつもの流れがあって、「時刻表2万キロ」のヒットや「チャレンジ2万キロ」「青春のびのび切符」による(主に大人の)「国鉄全線全駅紹介」や「国鉄ローカル線」の流行りも少年達の趣味に(おいそれと乗りに行けないが)影響を与えている。子供向けの「国鉄全線」「私鉄全線」「駅名百科」の本もあった。
 テレビ番組「クイズ列車出発進行」も、どちらかというと、ブルートレインブームよりこちらの影響に近いだろう。
 この「全線」「ローカル線」ものの流行りは、分割に向かう国鉄という状況も当然あるだろう。変化がない訳がない。

 ある意味これと近いところで、旧型国電とか地方私鉄に興味が向いた少年もいたし、ブルートレイン抜きでNゲージにはまる少年もいた。

 しかし、それとは別に、そして私鉄の特急ともまた別に、「カッコいいもの」が現れてくる。

 1982年、大井川鉄道に展望車スイテ82がデビューする。おそらくここから、この新たな流れは始まっている。続いて1983年、国鉄の名古屋鉄道管理局で展望車付きのお座敷列車が登場。
 さらに「サロンエクスプレス東京」、「サロンカーなにわ」の登場でそれは決定的な人気者となる。後に「ジョイフルトレイン」と呼ばれる一群である。
 団体列車として使われたものが多いが、1985年に登場した名古屋の「ユーロライナー」は自動車運搬用の荷物車や14系座席車と組んで、システマチックとも言える使われ方をした。

 ジョイフルトレインは客車が多い印象だが、1985年デビューの「アルファコンチネンタルエクスプレス」を皮切りに小回りのきく気動車も作られている。
 また1986年デビューの、臨時列車にも使われた「パノラマエクスプレスアルプス」などは電車であった。

 私鉄でもジョイフルトレイン的な車両は作られている。(これには前史的な車両もあるが割愛)
 1984年には名鉄に「パノラマDX」が登場し、小グループ向けなどの観光電車として使われた。
 1985年に登場した伊豆急行の「リゾート21」は普通列車として国鉄の伊東線に乗り入れて使用された。

 正確な意味では展望車などではないが、1986年に東海道・山陽新幹線に登場した100系は、グリーン車、食堂車を2階建てとした。これが「新幹線ファン」を生んだという声が多数ある。

 話題で押され気味のブルートレインであるが、1984年には「さくら」「みずほ」に四人用B寝台個室「カルテット」が連結されたり、1985年には「はやぶさ」に「ロビーカー」が連結されたりしている。
 1988年には東京~札幌間に「北斗星」が運転開始。各種の個室寝台車両やレベルの高い食堂車が連結された。本物のオリエント急行が遠路はるばるやって来たのもこの年だった。

 あまり、この時期が「鉄道ブーム」と呼ばれる事はない。鉄道が趣味として当たり前になったからだろうし、あまり「それ以外」の人を新たに巻き込まなかったのかも知れないが、しかし無視するにはちょっともったいない時期である。

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