雷 第二十一話

 
 芹沢達を除いた凡そ二百の浪士組が江戸に着いたのは三月二十八日である。無論、この中に十兵衛もいる。
 この二百の兵は、いうなれば八郎の手足をさせられている。ただこれが秀逸であったのはこの二百のほぼすべてが、八郎の手足になっていることに気付いていないことである。
 清河は攘夷の決行の計画を既に練っていた。その下敷きは、かつてやり損ねた横浜居留地の焼き討ちである。
「横浜を焼き、取って返して黒船を奪うか、出来なければ火をつける。更に甲府勤番の代官所を襲って、そこを本拠とする」
 というかつての計画よりも随分壮大になった。壮大になっているという事は、それだけ実現が困難になり始めているという事もである。
 つまり、すでに清河は「攘夷」という夢想の中で生きてしまっているのである。えてして、夢想の中に生きる者は自らがそこにいる、という重要な現実を理解していないことが多い。八郎もそのうちの一人になってしまっている。虎尾の会の同志であった池田徳太郎は、
 ―― 八郎どんの首は細うなった。
 と呟いた。徳太郎の表情はどこか寂しげであった。
 清河が練っている計画はどこが空疎で、知略や謀略の凝らした形跡がない。初めは協力的であった鉄太郎も、事ここに至って、
「いよいよ危ない」
 と考えた。そこで、鉄太郎は義兄である高橋精一郎に相談した。
「清河の事ですが、彼を庄内に帰すのはどうでしょうか」
「庄内に?何故だ」
「恐らく、清河にはすでに追手が差し向けられているでしょう。御公儀の面体を著しく傷つけたのですからな」
「追捕か」
 高橋の言葉に、山岡は岩石のような大きな顔を振った。暗殺、というのである。
「それはいかん。清河はまだ使える。あの男の才気は大きい」
「私もそう思います。ここは一度江戸を離れることを勧めようと思います。そこで、義兄上にも説得していただきたいのです」
「わかった。連れてきなさい」
 山岡は一度家を辞し、再び清河を連れて来たのは、その日の夜の事である。
「清河殿。一度、故郷に戻られてはどうか」
 清河が座に着くのを待って、高橋はあくまで慇懃に勧めた。普段ならば、勢い込んで反発する清河であるが、この日の清河はいつになく穏やかであった。
「庄内を出て以降、一度も戻っていなかったな」
「そうであったか。ならば、これを潮に、一度戻られよ」
 高橋の人柄あふれるような穏やかな言葉で、八郎は細い首を折るようにして頷いた。
 そこからの清河は、目に見えて気力を失っていた。江戸で行うはずだった攘夷の断行の密談もどこか虚ろで、自分の立っている場所がようやく現実として理解できたのか、あるいは単に疲れがたまっていただけなのか、または謀略知略を使う事に疲れが出たのかはわからない。
 その密談の全てを聞き取っていた十兵衛は、
「清河殿は、衰えた」
 と見た。清河はまだ三十四である。気力を欠くにはまだ早すぎる。十兵衛から見れば十分に年若である。だが、表情を見れば、とても年齢相応とは思えぬほどやつれて老けているように見えるのである。
「清河殿。決行は四月十五日でよろしいな」
 誰かの声に清河は頷いた。

 出羽上山の中老であり望郷の先輩である金子与三郎が清河に出羽の江戸藩邸に来るように招待したのは四月十三日の早朝であった。
 清河は望外の先達に誘われた事にえらく喜び、
「すぐに参ります」
 と二つ返事で了承した。
 この日の清河はかつてのような気力を取り戻していたが、やはりどこか置き忘れたように時折、塑像のようになって固まっているのである。そしてふと我を取り戻す、というようないささか不可解な事が、この日には起こっていた。
 銭湯に向かったのがこの日の正午を少し回った頃である。
 清河の足は自然と高橋の家に向かっていた。
「あれ」
 清河は眼前にある高橋宅を見て不思議に思った。
「訪ねに来たわけではないのだがな」
(どうやら疲れがたまっているらしい)
 と八郎が苦笑すると、高橋の妻である澪が見つけた。
「清河先生、何か御用で」
「いや。……そういうわけではなかったのだが、このまま帰れば失礼にあたるだろうから、少し顔を出します。御在宅か」
 はい、といって澪が高橋に告げた。高橋はちょうど槍の手入れをしていた所で、
「わかった」
 といって通させた。清河の表情を見るなり、
「今日はこのまま帰って、家から出ぬ方がいい」
 といった。槍一本で従五位という官位までもらった人物だけに、清河の異変を見抜いていたのである。清河は、
「いや、実は本日、麻布に向かう用事がありますので、そういうわけには」
「命は惜しくないのかね」
「今更となってじたばたするのはどうにもいけません。それに、私とて侍の端くれです。命より名を惜しみますよ」
「庄内にもどってゆっくりすればいい。また、君が必要になる時はあるだろう」
 高橋の説得に、清河は穏やかな笑みを浮かべつつ、
「私の跡は、誰かがやってくれるでしょう。……では」
 と、清河は高橋宅を出た。その後、一旦家に戻った清河であったが、麻布から来た駕籠に乗り、そのまま金子邸に入った。
 金子与三郎は出羽上山の中老であることはすでに述べたが、単なる中老で終わらず、出羽上山をそれまでの泰平の典型的な外様大名から一気に雄藩の一角に押し上げた、といっても過言ではないほどの人物で、早い段階で西洋式の軍隊を整えたりあるいは農民の税率を軽減して人材を確保するなどして、藩政改革を断行した人物である。思想は早くから天皇を中心とした新政府を作り上げる事であり、この点吉田松陰や岩倉具視などと近い。恐らくこの人物の名前を知っている人はほとんどいないであろうが、もし新政府軍に与していれば恐らく新政府軍の中枢を担う人材になっていたであろう、惜しい人物である。
 その金子と清河は久方ぶりに飲んだ。飲んだというよりもすごしたといったほうがいい。初夏の風が一陣舞うと、二人は心地よさげに項垂れた。暫くして、
「もうそろそろお暇しましょう」
 と清河が口火を切ると、
「ならば、駕籠を出させよう」
 と金子がいった。清河は手で制し、
「いや、もうよろしいでしょう」
 と意味深に呟いた。そうか、と与三郎は立ち上がり、表門まで送った。
 清河は刀の柄に手首を預け、もう一方の手首は懐にしまっていた。凡そ、塾を主宰していた頃には考えられないようないでたちである。清河はどこか冷めていた。あれだけの酒を過ごしても、酔うどころか飲めば飲むほど逆に酔いが遠ざかるような不思議な感覚であった。それだけに足元が危ない。脳は冷めていても、体はしっかりと酒を残しているのである。
 麻布一ノ橋の中ほどにかかった時である。
「お久しゅうございます」
 という声が後ろからかかった。清河は懐手にしたまま、
「うん?」
 と首をひねった。後ろには数人の男が陣笠をかぶったまま仁王立ちしている。
「私ですよ、佐々木只三郎です」
「……。知らん」
「お忘れですか」
 只三郎の怒りを走らせた声に清河は、鼻で流し、
「知らんと言ったら知らん」
 と懐手を出し、刀の柄に手をかけた。すでに前後は挟み撃ちにされ、八郎は逃げる場所がない。
「神道精武流」
 と佐々木がつぶやいた。刹那、何、と清河は振り向きざまに抜き放った一刀は明らかに佐々木の頭を割った。
 筈であった。しかし、崩れ落ちたのは清河であった。
「落ちたり」
 佐々木はそういってしばし笑うと、刀をぱちり、と音を立てて収めて、佐々木らは飛ぶようにして去った。
「ま。ま、て。……」
 思うように体が動かない。足が橋と一体になったように動かず、それどころか体が大きな鉄の塊のようになって重い。そのくせ腕は病にふせった老人のように力が入らない。漸く体が動いたかと思うと、仰向けになっただけであった。
 生暖かい鉄の匂いが清河の鼻梁に深く入り込んだ。思わずせき込んだ。手で顔を拭ってみると、べたついた血が滴って落ちた。漸く、清河は理解したように死んだ。

十兵衛が清河の亡骸を見ても、さほどの感傷はなかった。万延元年の十二月の事件さえなければ、あるいは泣き崩れて叫び、下手人が分かればすぐにでも叩き斬りに行ったであろう。
 しかし、それを全くしない。恐らく、十兵衛の中ですでに清河八郎という男は過去の遺物になっていたのかもしれない。だが、浪士組はそうは行かない。清河は浪士組を作るだけ作って、死んでしまったのである。つまりかじ取りが自ら海に飛び込んでしまったようなもので、誰かが舵を取らなければ船は迷走するしかないのである。
「といって、誰が浪士組の手綱を引くのだ」
 聞けば、遠い京ではすでに脱盟した芹沢達が、会津の後ろ盾を得て「新選組」と名を改めて、京の治安維持に努めているという。方や江戸に戻った浪士組はその頭目を喪い、統制が全く取れなていなかった。
 江戸の戻った浪士組を「新徴組」と改め、八郎暗殺後、すぐに組織を再編成したのには、そうした背景があった。だから、幕府も新徴組には冷淡で、特に仕事を与える事もなく、ただ持て余しただけであった。
 そんな中、取締役という責任者になったのは山岡と高橋の二人である。幕府からすれば、
「お前たちが責任を持て」
 と言わんばかりの、押し付けの形での任命であった。二人もそこは従容として任命を拝し、まず江戸市中取締から始めた。
 最初の屯所は本所に構えた。恐らく、江戸市中の中に作れば何が起こるか分からなかったからであろう。
 だが、新徴組の多くは尊皇攘夷の所謂勤皇派であり、江戸取締りもゆるく、それどころか野盗よろしく家々に押し入っては手あたり次第に
「用向きの筋である」
 といっては金品を強請ったり、あるいは娘を連れ去ろうとしたりして、人々の怨嗟が高まっている。
 幕府はこれに苦慮した。もとより浪人たちを追い払いたいがために八郎の甘言に乗ったのであるからある意味では自業自得と言えなくもないが、しかしこのまま放っておいてよいというわけにもいかない。もしこの対応が間違えば、また桜田門外や坂下門外で起きたテロが再燃するかもしれず、実にたちの悪い問題であった。
 開国を行っている幕府が攘夷派の浪人集団を抱える、というこの奇妙な構図は幕府にとって鯛の骨が喉元に引っかかったようで、出来るならば口から骨抜きを入れて、取りたい心境だったであろう。しかもその骨は勝手に暴れて幕府の喉元を荒らすのである。どうにかするためには、外からこの骨を抜き取る以外に方法はない。
「清河八郎は、元は出羽庄内であるの」
 という事になって、庄内藩が面倒を見ることになり、屯所も本所から飯田町酒井左衛門尉の屋敷に変えられた。同時に、幕臣である高橋と山岡は取締役を罷免することになった。
 とばっちりを受けたのは庄内藩である。この新徴組を受け入れることで多少の加増はあったが、それでも労多く益少ないこの幕府の意向は、いうなればいい面の皮だが、温厚な当主であった酒井左衛門尉はこれを受け入れたのである。決して嬉々としたわけではなかったであろうが、それでもあえて火中の栗を拾う事で、幕府に対する忠誠を見せたのである。
 同時期に京では会津中将と呼ばれた松平容保が、やはり幕府の意向を受け入れた。京と江戸という政治的重要な所に同じ構図が同時期に立ち上がったわけであるが、その受け入れ方といい、この二人の若き当主はもしかすると似た者同士であったかもしれない。
 飯田町に屯所が設けられることで、新徴組の百二名は飯田町の酒井左衛門尉の屋敷に移り、新たに募集した九十四名を加えた百九十六名の大所帯となった。十兵衛はその中でも最も古参の立場であった為、自然と相対的な地位も少しではあるが上がった。
 庄内藩が面倒を見ることになっても、江戸市中取締りという役目は変わらなかったが、しかし酒井左衛門尉は熱心な男で、取締りに対して手心を加える事を容赦しなかった。
 主な標的は攘夷派の不逞浪士であり、新徴組にとって半ば共食いのような様相であるが、しかしこれが江戸の治安を回復させることになり、新徴組は江戸市井に受け入れられた。
 無論、不逞浪士を取締るとなると剣術の腕も確かなものでなくてはならず、生半な腕では取締りはおろか、市中見回りすら危ういほど、実は江戸の潜在的な治安の悪さは残っている。無論、十兵衛も取締りの任に着くのである。
 十兵衛にとってはこれは数年ぶりの実戦である。肩の肉は落ち、首は細くなり、少々勘も鈍っていたが、久しぶりに刀を振るうという武士の原点に立ち返った事で、今までの鬱積したものを厠でいきむようにして力を振り絞った。
 飯田町の屋敷に怒号が響き渡る。屋敷が瓦が吹き飛びそうなほどに驚き、江戸詰めの家臣たちが一斉に飛び出した。
「なんだ、こんな朝早くから」
「庭先の方だ」
「盗賊か、それとも化け物か」
 などと口々に言い合い乍ら押っ取り刀で庭先に向かった。するといたのは十兵衛であった。
「なんだ、何をしているのだ」
 一人が尋ねてくる。十兵衛は、
「いや、体が鈍っているので稽古を」
 といった。十兵衛の体がかつての動きを取り戻すべく、真剣で一人稽古をしていた、というのである。
「はた迷惑この上ない」
 と怒号が飛んだ。しかし十兵衛はそれを意に介さず、またしても気合いの雄たけびを上げた。思わず家臣たちは耳をふさいで蹲るほかない。
「そこまで言うのであれば、稽古をつけてやろう」
 と一人の家臣が名乗り出た。
「直心影流、楠十兵衛」
「新九流、中村忠蔵」
 十兵衛は真剣をおさめ、他の家臣が持ってきた木刀を持たされると、二、三度振るって見せた。風を切る鈍い音がする。
 十兵衛は正眼、忠蔵はやや下段。
 十兵衛から動いた。誘いの突きを入れて様子を見た。中村、これを軽く首をひねっただけで躱すと、下から十兵衛の顎を狙った。十兵衛、これを上から打ち下ろして制するとそのまま力比べに入った。
 十兵衛はすでに壮年を過ぎようとしている。その為、どうしても若い忠蔵に、膂力という点では劣ってしまう。それを巧みに手首を知られぬように返しながら、力を分散させようとする。中村、これを真っ向から受け止めるとそのまま肩口から十兵衛にぶつかった。刹那、二人の木刀が離れた。
(もらった)
 忠蔵の笑みはその意味があったはずである。しかし、それはすぐに凍り付いた。すでに十兵衛は眼下にいなかった。
 十兵衛は神速の動きですでに切っ先に中村の脇腹に狙わせていた。家臣たちがどよめいた。
「あれはやりおるな」
 家臣の一人のつぶやきが静かな空に針を打った。中村は横っ飛びで間合いを取る。十兵衛は構えなおした。今度は正面からぶつかった。数合互いに一歩も引かぬ打ち合いを見せると、今度はまた力比べをしたり、あるいは切っ先同士で打ち合うなど、およそ「稽古」とは名ばかりの、一種の野試合の様相であった。それが証拠に、十兵衛の表情は変わらぬが、忠蔵の双眸には明らかに殺気が宿り始めている。
 見物していた者もこれに気付いたようで、忠蔵が間違いを起こす前に止めなければならないのであるが、とても割り込む隙がない。声をかけようものなら滅多打ちにされかねないような異様な空気を四方に飛ばしていた。中村は構えを変えた。正眼から手首を返し、そのまま肘をたたんで切っ先を縮めた。
(突っ込むか)
 十兵衛はそう見た。十兵衛はだらり、と下げた。
 中村、懐に飛び込んだ。刹那、すわるように体を屈めると、首を貫かんばかりの勢いで突きを繰り出した。十兵衛、それをのけぞりながら躱すとそのまま脇に回り込んで、中村の首筋に木刀を当てた。
「それまで」
 誰かが叫ぶと、漸く空気が緩んだ。一様に大きなため息をついた。
「この中村忠蔵は」
 と家臣の群れの中から出て来たのは、菅実秀という男であった。年のころは十兵衛とさほど変わらないが、庄内藩での郡奉行を勤めている。
「新九流の皆伝でな、家中でも指折りの剣術使いだが、それを圧倒するとは、新徴組の中にも手練れはいるものだ」
 といって感心することしきりであった。
「近頃、中村は少し増上慢の気があった。その鼻をすこし叩かれて、あやつも頭を冷やしたであろう」
「いや、ただ稽古を一手ご指南いただいたに過ぎませぬゆえ、そのようなつもりは毛頭ございませぬ」
 十兵衛はそういうと、木刀を家臣に返すと家臣たちに一礼して、その場を去った。井戸に向かうためである。
「中村、お前も汗をぬぐえ」
 他の家臣に促されて、中村は顰めた顔を直そうともせずに井戸に向かった。

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