『廉太郎ノオト』(中央公論新社)のさらなるノオト⑳同じ時代を生きている人々へのひねくれた愛情

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 『廉太郎ノオト』で書きたかったものは沢山あるのですが、一番わたしが紙幅を割いたのは、黎明の時代を生きる人々の姿でした。
 人間はいついかなるときも内ゲバにエネルギーを割くものですが――、あえて本書ではそういった要素は削り、上を目指す人々のスクラムを描きました。
 実はこれ、わたしの心象風景そのものでもあります。

 わたしは現在七年目の作家です。ライバル作家さんたちと鎬を削りながら、

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 16

中臣鎌子の屋敷に着いた時には、安麻呂は肩で息をしていた。

これを見た馬来田は、

「普段、運動しないからこうなるのだ。歌ばっかり詠んでないで、たまには武人らしく、素振りの百や二百をやって見ろ! 少しは体力がつくぞ」

 と、甥の体力不足を諫めた。

安麻呂は、これに反論したいのだが、息が上がってなかなか話すことができない。

それを見て馬来田は、「情けない」と言いながら、

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『廉太郎ノオト』(中央公論新社)のさらなるノオト⑲廉太郎さんの姉、利恵と作中の大ウソ

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 『廉太郎ノオト』はあくまで小説なので、いくつか大嘘を仕込んでいます。幸田幸さん(というか幸田一族)との関係についてはかなり脚色がありますし、羽織破落戸はあの時代ほぼみられなくなっているというのもここでお話しているとおりです。なぜ史実通りに描かないのか? それは、そこにこそ著者の願いや思いがあるからです。読者の皆様からすると不可解に見えるかもしれない改変にこそ、作家としての息遣いが潜ん

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『廉太郎ノオト』(中央公論新社)のさらなるノオト⑱羽織破落戸(はおりごろ)と明治の新聞

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 『廉太郎ノオト』は基本的に実在の人物しか出していないのですが、実は唯一、非実在の人物たちがいます。本作で名前を与えられていない”新聞屋”とその家族です。
 今日はこの人々の話をしようかと思います。

 ”新聞屋”に浴びせられる羽織破落戸というのは、蔑称に近い呼び方です。
 明治初期の新聞は今の大手新聞とは違い、娯楽・ゴシップ紙的な意味合いの強いものでした。大衆のオピニオンをけん引する

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先日投稿した「『法隆寺燃ゆ』第五章「法隆寺燃ゆ」前編 14」に一部誤りがありましたので、再度投稿しました。最後の数行を投稿し忘れていました。
あと、「『法隆寺燃ゆ』第五章「法隆寺燃ゆ」前編 15」も投稿しました!

【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 前編 15

大伴安麻呂は、彼の叔父である大伴馬来田連(おおとものまくたのむらじ)が乗る馬を引いていた。

 流石に2月にもなると陽気も良く、散歩にはもってこいであった。

「こう天気が良いと、気分が良いですね、叔父上」

「うむ、屋敷に籠もりっきりだと、体も鈍るからな」

 大伴家は、宮中では閑職に追いやられていた。

 群臣会議の中に一応席はあるのだが、末席のため、この一族に発言権はない。

 そのため最近

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【天狼院書店初心者短編2019年10月コース受講者向け】①根源に耳を傾ける

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【注意】
 こちらのエントリは、天狼院書店さんで開催中の「短編小説100枚を二ヶ月で書いてみる」講座参加者の方向けのエッセイです。参加していない皆様にもなにがしかに気づきがあるかもしれませんが、このエッセイは基本的に「初心者の方が小説を書き切る」という目的設定をした講座に向けたものでありますので、中級者、上級者の方がご覧の際にはそうした点をご注意の上ご覧ください。
【注意ここまで】

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『廉太郎ノオト』(中央公論新社)のさらなるノオト⑰瀧廉太郎さんとバッハ

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 実は、『廉太郎ノオト』で描きたかったものの一つに、ピアニストとしての瀧廉太郎があります。
 当時の新聞記事などを見ると、廉太郎さんがピアニストとして認知されていたことが分かります。もちろん当時はまだ作曲した曲を発表する場も多くなく、また、西洋の曲の紹介に時を費やしていた気配もあるので、ある意味で仕方がないことと言えます。当時の廉太郎さんは「ピアニスト」だったのです。
 ではなぜ、現代

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ハートランドの遙かなる日々 第29章  ブルネンの渡し船

ブルネンの港では平底の渡し船が待っていた。大木を筏のように組んで板を貼り巡らしたようなその船には、馬車が二台くらい乗れる平らな部分がある。そこにブルグントの黒馬車が既に乗っていた。
 マリウスが馬車の後ろの窓から外を見て言った。
「来ないね。兄さん達」
「もう間に合わないかも……」
 アフラも窓を見て溜め息を吐いた。
 船頭が港の水夫と話していた。
「すでに出港の予定時間は過ぎている。待ってあと三

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『廉太郎ノオト』(中央公論新社)のさらなるノオト⑯瀧廉太郎との思い出を書き残した幸田幸

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 瀧廉太郎さんの伝記などで大きな紙幅を占めるのが、幸田(安藤)幸(1878-1963)です。実際、廉太郎さんの存命中は海外渡航に絡みライバルに擬せられていましたし、共演することも多い二人でした。そのため、『廉太郎ノオト』に関しても、かなり彼女とのエピソードに紙幅を割きました。

 本書の劇中年間終了後、幸さんはドイツから帰国、それとほぼ同時に英文学者の安藤勝一郎と結婚してからは、子供を

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