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ろう者から手話を奪ったのは誰か?その結果、何が残ったのか?

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ろう学校に通う父と子の体験を書いた「この歓声は届かないけど」、今回は手話について。かつてろう学校では、手話が禁止されていたそうです。その結果起きてしまったこととは?

5月初旬。連休は妻の実家で過ごした。10日間、ろう学校に入ってから初めての長期休み。再びろう学校に行くのを嫌がらないか、少し心配したけれど、むしろ楽しみだったよう。保育園よりも少人数で、アトラクションが多いろう学校が楽しいらしい。

今日はカーネーションを作った。赤い折り紙をびりびりとちぎり、茎が描いてある台紙に、でんぷんのりで貼り付ける。母の日にあわせてだが、二朗の付き添いは父親の僕。帰ったらサプライズで渡そう。ちなみに、クラスメイトのツバサも妹が生まれたばかりなので、母親ではなく祖母が手伝っている。

まだみんな3歳。指先にうまく力が入らないが、指の腹を使って一生懸命貼っていく。トアとツバサはのりが指につくのが嫌らしく、ちょっとつけては布巾で拭いている。先生が大丈夫大丈夫と励ましながら、花にしていく。

母親がドイツ人で、ひときわ体が大きいツバサ。奔放なのに繊細で、泣き虫なところもある。今日もでんぷんのりが嫌で嫌でしょうがなくて、ついにぽろぽろ泣き始めてしまった。幸いカーネーションは完成したものの、祖母が背中をさすってなぐさめていた。

こういった、子供特有のこだわりみたいなものが、二朗は比較的少ない。食べ物の好き嫌いは多いし、朝の会帰り会でも勝手に席を立ってしまうけれど、親の感覚からは理解しづらい「あれは嫌だ」「これは嫌い」に困らされることが少ない。この日も、でんぷんのりを油絵ぐらい塗りたくっては、ちぎった折り紙を重ねていた。

今日もたくさんのことを学んだ。「はな」「あか」「かみ」「きる」「はる」「のり」。カーネーションはまだ難しいので、「はな」という札が壁に貼られる。準備も片付けも、二朗が自分でやった。すさまじい勢いで、彼は成長している。

ろう学校では四六時中子供たちに付きっ切りだが、給食の時間だけは解放される。子供は食堂、保護者は教室で昼食を取る。それだけの時間でも「子供とこんなに長い時間離れたの初めてかも」という母親もいた。驚くよりも、同じ聴覚障害児を育てる親として、ありえるなあと感じた。

もちろん保護者に給食は支給されないので、昼食は自分たちで用意する。弁当を持ってくる人もいるけど、ほとんどの場合近くのコンビニで済ます。給食から戻って来たときに、一緒に片づけをする必要があったので、外食はまず行けなかった。食べるのが早い子だと、近所のラーメン屋に行って注文が届く頃には教室に戻ってきてしまう。

僕の昼食はいつも、コンビニで買ったパンとコーヒーだ。大きなテーブルを二つ並べ、感染予防対策に学校が用意したパーテーションを立てて、保護者みんなで食事をする。

朝の会や帰り会で、二朗と一緒になって走り回るオサムのお母さんは若い。まだ20代そこそこ。両親ともに聴者だ。学年で唯一の女の子・ハナのお母さんは難聴で、基本的に手話でコミュニケーションしている。

めがねうさぎそっくりなトアのお母さんは聴者。しっかりもので明るくて、いつも笑っている。困ったことがあると、トアのお母さんに教えてもらうことが多くて、頼りにしてしまう。

ツバサの祖母はろう者。お父さんもろう者。デフファミリー(ろう家族)で、お母さんはドイツ人のろう者。まだ妹が生まれてひと月半くらいなので、祖母が付き添いに来ている。そんな5人でテーブルを囲む。

会話がない。給食が始まって数日、ちょこちょこ話はしているのだけど、だいたいコマ切れで終わってしまう。時々、ハナのお母さんと、ツバサの祖母が手話で話しているのを横目でチラチラ見る。でも、何を話しているかはわからない。

もちろん、話したいと思っている。たぶん、トアとオサムのお母さんもそうだったと思う。いや、手話で話している2人もそうじゃないかと思う。だからなのか、聴者の3人は必要がない限り、声だけでの会話はしない。聞こえないふたりが会話に入っていなくても、手話を付けないで会話はしない。示し合わせたわけじゃなく、自然とそうなった。

しかし、どう話せばいいのか。たとえば、「さっきハナちゃんが作ったカーネーション、上手でしたね」と言いたかったとする。「さっき」「ハナちゃん(サインネーム)」「作る」「カーネーション(指文字)」「上手」と、文章を構成する単語を全部知ってるか、自分の中で確認してからでないと、怖くて話せない。僕は指文字をよく間違えるので、それも意識して慎重になってしまう。

返事は「そうだね」「ありがとう」「二朗くんのも上手だったよ」ぐらいだろうか。読み取り(英語でいうリスニング)が苦手な僕が、理解できるだろうか。そして、相手が話を返してきたらどうなるだろう。わからなくても、「もう一回」とか「この手話は何?」とか、聞けたらいいんだけど、わかったふりや、愛想笑いまでしてしまいそうだ。いや、実際にした。

ハナのお母さんやツバサの祖母は、こちらに話しかける時、すごくゆっくり、わかりやすい単語の手話を使ってくれる。「はやい」「変わる」「ドイツ」「蝶?」「母」「来週」。どういう意味だろう。単語が読み取れても、文章にならない。でも、すごく気を使ってくれていることだけは読み取れるから、なおさら歯痒くなる。愛想笑いする。そしてまた慎重になる。会話が続くわけがない。3年以上手話の勉強してきたはずなのに。

ところで、ツバサの祖母と、ハナのお母さんが使う手話は少し違う。もちろんこの時の僕にはその違いが読み取れてはいないが、一口に手話といっても使う人によって違いがあるのだ。

これは、ろう教育の歴史と関係している。現在のろう教育は、大きく分けて二つの方向がある。ひとつは疑似的な発声や読唇を身に着け、聴者のように話すことを目指す「口話法」。そして、もうひとつは手話や指文字を中心に指導する「手話法」。

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