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子育てにおいて、親の足りない部分は社会がおぎなうべきなのではという話。

数年前まで、私はとある地方都市で小さい店の店長をしていました。
転勤でいろいろな県をくるくる回っていたのですが、これはかなり田舎の方のお店に飛ばされた時の話です。

※読む人が読めば誰のことか分かってしまうので、ある程度ぼかしを入れています。

小さい店なので私以外は全員バイトという状況だったのですが、田舎でバイトさんを確保するのって実は結構難しくて、赴任した店では結構問題がある子が採用されてしまっていました。
採用したのは前任者。難しい子だという引き継ぎは受けていたのですが…。

どう難しかったかの一例を上げると、バイトの時間に間に合わない時に連絡を一切よこさず、15分、20分遅れても悪びれることなく平気で歩いてくる。
小さい店なのでその子が来ないと夕勤の子が上がれません(セキュリティの問題で原則店長である私ひとりでは店を回さないようにしていました。また、私も会議や他店へのヘルプ、自分の休日などで月の半分は店舗にいない状態でした)。せめて連絡がくれば残ってくれる昼勤の子も「何時には抜けられる」というのがわかるし夕方以降の予定も立てられるのですが、何分遅れてくるかわからないためそれもできない。しわ寄せを食らう夕勤の子が「またか、困るんですよね」とため息をつく。そういうレベルの子でした。

月一回行っていた全メンバーとの個別ミーティングの時間では、全員からその子に対する不満が出る、という状況。

で、私が赴任してしばらくして、他のメンバーとまあまあ馴染んだかな、というタイミングで、
「数ヶ月優しく指導しても改善の兆しが見られません。このままだと、まじめに時間を守って出勤してきている君たちが馬鹿を見るはめになります。なので厳しめの指導に変更します。今度彼が連絡なく遅刻したら、ガッツリ怒ってそのまま帰ってもらいます。ただし怒るのは私だけ。あなた達は絶対に彼を怒ったり指導したりしないように。バックヤードで彼の愚痴を聞く役に徹して、彼が決まりを守るようになったらほめて上げてください。彼に対する不満は彼に直接言わずに私に全部あげてください。指導は私が責任もってやります」
という根回しを彼以外の全メンバーに行った上で、連絡なく遅刻してきた日にガッツリ怒って家に帰ってもらいました。

前置き長くてすみません。で、ここからが本題なんですが。

そしたら母親が怒鳴りこんできました。

お母様の主張は色々あったのですが、詳細は省略。
主張のメインは

中学、高校と不登校で家庭内暴力も振るっていた息子が社会復帰しようとしているのにその対応はなんだ。もうちょっと長い目で成長を見てやれないのか。

というものでした。

…本音では、「ここは金を払って通っている学校じゃなくて、バイトといえどもお金をもらってやる仕事なので、最低限の決まりも守れない人間は置いておけない」としか言いようがないのです。

こういう子を放置していると、特にバイトなんかは「こいつがこのレベルで許されているのに、まじめに働くのは馬鹿らしい」となり、能力のある子からさっさと辞めていきます。
もうひとつ大きな懸念だったのが、今の時点ではこの問題がある子が一番若手でしたが、いずれこの子にも後輩ができるということ。そうなった時に、最低限の決まりも守れない子が先輩にいると、後から入ってきた子はそれを手本にしてしまうのです。挨拶ができない、時間を守らないがスタンダードになると、結局店舗が半年〜一年くらいで崩壊してしまう。それは絶対に避けなくてはいけないことでした。
真面目に務めた上で仕事が速い/遅い、器用不器用の差があるのは店長側でフォローもしますが、同じ店舗で働く仲間に対する最低限の礼儀を守れない人間は、いくら小さい店といえども組織の中に置いておくわけにはいかないのです。求めてるのは「時間を守る。守れない時は連絡を入れる」みたいな、基本的なルールなわけですし。
ちょうどベテランさんが何名か辞める予定で採用募集もかけていたため、この子の意識が変わらなければ、彼の次の契約更新は控えます、という連絡を上司にも行っていました。

しかしこんなことを興奮しているお母さんに言ってもしょうがないので、説明をしました。

厳しく叱って追い返しはしましたが、その子を見捨てるつもりはこちら側にはないこと。ここでついていけるようなら、バイトを辞めるときにはどこかの企業は必ず社員として拾ってくれる、そういうレベルに教育をするつもりではあること。

…を、かなり丁寧に回りくどく。

そしたらですね、そのお母さんがびっくりした顔になって、ぽろぽろ泣き始めたんです。
さっきまでの怒り顔がどこにいったのか、というくらいに表情も豹変して。

あとから耳にしたのですが、そのお母さん、シングルマザーだったそうなんですね。
もう成人している息子さんよりはるかに小さい、おとなしそうな女性でした。
暴力を振るう息子を止めるのは、とても無理だろうなあ、と思える程度には。

彼には色々問題がありましたが、それでも彼は一人の女性が自分の人生を費やして育ててきた子供なんだな、と思った瞬間でした。
息子さんを社会に出せるように責任持って指導しますし、叱るときは叱ります、と他人に言われたのは、おそらく初めてだったのではないかな。
叱るのって根性いるし、とてつもなく疲れますからね。

…その子は結局その後、上司の力も借りつつどうにかこうにか店に出せるレベルにちょっとずつ成長していきました。
崩壊しそうだった店もぎりぎりどうにか立ち直ったかな、というところまで見届けて、私はその店を去りました。

親だけで完璧な育児ができるとは限らない。
だからこそ、親で足りない部分は、差し伸べられる範囲で周囲や社会が手を差し伸べて、子どもを一人で生きていける大人へと育てていくべきではないかしら。
自立した大人は、社会全体の財産なのだから。


※2016年6月9日にショートノートに投稿した記事です。

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