未来は俺等の手の中1

3.

その次のDJは意外とすんなりと決まった。やはり夕暮れにかかってくる電話。ぶっきらぼうに、7月27日金曜日にオールナイトで、と店長は告げる。2000円2ドリンク。フジロックの初日だった。とはいえ僕は一日だけ前の年に行ったきり。いわゆるフジロッカーではなかった。21時リハーサル、22時オープン。下北沢で買った灰色のシャツを着て、50枚のCDと2万円のヘッドフォン、選曲リストの書いてある小さなノートを鞄に詰め込んで、人のあまり乗ってない電車の先頭車両で、新宿へ上る。真夏の新宿。ごった返す人混みを大きな鞄で、何とかすり抜ける。いや実際には何回かはすれ違いざまに軽くぶつかる。20時には着いていた。場所の確認のため、人気のないクラブの入り口の階段に立つ。することがないから大量の荷物を持って、二丁目の端っこにある通りを尻目に、いつもの喫茶店。ハイライトを何本か、吸う。3万円。財布の確認。21時の5分前には階段を下りていく。こんばんは、無愛想に店長とBボーイスタイルの男の子が迎える。すでに鳴っているスピーカー。たぶん4人組だった気がする、今夜のメインのDJ’s。黒い帽子を被ったリーダーらしき男の人とまずは挨拶を交わす。太郎、タロックです。彼はそういうと握手を求めてきた。初めてのDJがする握手したあと握った手を斜め上にあげるスタイルに、ぎこちなく応じる。俺ら、Kって美術系の学校の仲間なんだよね。タロックさんがいう。小さなかわいらしい女の子が笑顔で彼女の名前を名乗り、あなたの名前は?と聞いてくれる。Gです。まだイベントが始まる前の明るいフロア、G?珍しいね。それを聞いている眼鏡のすらっとした細身の男性。それからもうひとりは、よく覚えていない。少し太っていた気がするけれど、ほとんど印象にない。リハーサル。女の子にやる?と聞かれる。ちょっとだけ。すみません。僕ができることと言ったら、左右のCDJにCDを同時に入れ、ミキサーのメインフェーダーを左右に動かすだけ。スピーカーから音が鳴っているのを、ただ見てるだけ。初めての時の二人のDJさんみたいには、フロアに降りて聞く動作さえ、しようとしても、行く度胸もなければ、実際行ったとしてもしたり顔でよくわからないままかっこつけて終わっていたはず。。あとはトラックサーチボタンとイジェクトボタンの確認。OKです。しばらくの間、彼ら彼女がブースでCDJをチェックする姿の手元を遠くから、逃さまいと見る。帰ってからノートに書いて反芻するために。イメージするために。そして、イベントが始まる。フロアは暗くされ、DJブースの照明をタロックさんが弄る。ミラーボールが回り出す。僕はただ、CDを入れては流し、1曲が終わると、次のCDへと変える。客のいないフロア。ミラーボールや赤や紫の照明が、壁や天井や床、ブースを照らす。20分過ぎたあたりで、大学時代の男の先輩が入ってくる。彼は僕に手を上げて、椅子に座り、人のいないフロアを見渡す。僕は僕で、眼鏡のガクトみたいに美しい顔立ちのDJさんにさっきからずっとお尻を触られたまま、DJを続ける。それを見かけた女の子が、何とかってほんとに好きだよねー、と呟いて笑う。僕が何をかけたとかはまったく覚えていない。DJがどうだったのかも。タロックさんが良いね!とたまに声を掛けてくれる。そこにどれだけ人がいたかも覚えていない。僕の持ち時間1時間が終わって、次のDJさんのとき、合間に、店長がマイクで「裏筋ロックフェスティバル!へようこそ」と叫んだのだけ覚えてる。

その晩のことで覚えてることと言ったら、彼女が1時過ぎたあたりでDJをする、そのタイミングでスーツにオールバック、背の低い小太りの男性と、一緒にリーゼントに作務衣にグラサンのサンダルの背の高いやんちゃそうなお兄さんが入ってきて、彼女にやんちゃそうなお兄さんが手を振り、彼女も振り返し、それを見てうなづくオールバックのお兄さん。兄貴、そんな風に呼ばれていた。3時、タロックさんがいきなり、情熱の薔薇をフロアに投げる。少ないフロア、何人かのDJさんとお客さんで、輪になって踊りはじめる。苦笑いしながら僕を見る、僕の唯一のお客さんも、うちわ片手の作務衣のお兄さんが手を引くから、踊り出す。ぴょんぴょん、タテノリで。さらにそのやんちゃな作務衣のお兄さんが、兄貴!といって、スーツのお兄さんに手を差し出す。いいから、みたいな仕草で、それから彼に中心で踊れという風に右手であおり、左手の瓶ビールを飲む。盆踊りみたいに踊り出す作務衣のお兄さん。僕はただ、それを見ていた。隅っこで。それから、1万8千円の支払いをしたあとに、タロックさんに携帯番号を聞かれて教える。明け方の新宿を先輩とふたりで、なんだかなあと笑って、生ごみを加えてで飛んでいくカラスを見ていた。



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