見出し画像

Bible Gamer 第八夜 「十字軍」

これは、2021年7月発行「季刊Ministry」(キリスト新聞社)Vol.46に掲載され、それを加筆修正した記事である。詳細は「前日譚」に記した。

禁じられた「十字軍」カード

トレーディングカードゲームの始祖であり、現在でも最大のヒット作である「マジック:ザ・ギャザリング(M:TG)」には「十字軍(Crusade)」というカードがある。

だが、現在これは禁止カード、すなわち、公式戦では使用できないカードとなっている。

画像1
「十字軍(Crusade)」日本語版カード

特定のカードが禁止カードに指定されること自体は、どのトレーディングカードゲームでも珍しいことではない。それらは、制作者の想定を超える強力さが発売後に判明し、ゲームの競技性が損なわれることを防ぐために使用禁止となるケースが大半である。

しかしこの「十字軍」カードはそうではなかった。公式発表によれば「人種差別を想起させる描写や、文化に対する侮辱的な描写」のカードだったためである。他にも「ジハード(Jihad)」など数種のカードが、同じ時期に同じ理由で禁止カードになっている。

M:TGには、名称の一部に「十字軍(Crusade)」を含むカードが他にもあり、また新たに作られてもいる。つまり、「十字軍」という言葉が禁忌とされたわけではない。

公式見解がないため詳細は不明だが、本カードは特にイラストの表現が問題視されたと見られている。

最初の十字軍

史実:
1095年、時の教皇ウルバヌス2世はクレルモン教会会議において、ビザンツ帝国(東ローマ帝国)皇帝からの要請を受ける形で、トルコ人(セルジューク朝)からのエルサレム奪還を呼びかける演説を行った。この演説は予期せぬ反響を呼び、各国の諸侯たちは教皇の招集要請に応え、兵士を率いて続々と聖地へ向かった。

十字軍は、異教徒から聖地を解放するという宗教的なイデオロギーによって正当化され、支えられていた。その一方で、諸侯たちはそれぞれが固有の事情を抱えてもいたのだ。異国の厳しい自然環境下で数年にわたる長期戦が続く中、彼らは土地、資金、権力、名誉といった世俗的な欲望に駆り立てられ、徐々にその思惑をあらわにしていく。

この複雑な背景を下敷きにしたウォーゲームが「The Crusades: Western Invasions of the Holy Land」(以下『The Crusades』)だ。発売は1978年で、「Strategy & Tactics」誌の付録として制作された。

画像2
「The Crusades」が付録のS&T誌(1978年)

本作は、第1回と第3回十字軍の2つの状況(シナリオ)が用意されている。特筆すべきは第1回十字軍シナリオの方だ。これは最大8人のプレイヤーが十字軍陣営とムスリム陣営に分かれてプレイし、終わるまで数時間はかかる重量級のシナリオである。

このシナリオでの「勝利」は「どちらか」ではなく「誰か」である。チーム戦のように見えて、実は勝者ひとりを決める個人戦なのだ。

勝者は最高得点者である。地図上に点在する都市を占領するごとに得点する。十字軍プレイヤーたちは、ひとまず一致団結して聖地奪還を目指してもよいし、最初から激戦地を避けて別行動を取ってもよい。

というのも、仮にエルサレムを取り戻せなかったとしても、他のいくつかの都市を占領して独立国(十字軍国家)の建国を目指せば、それはそれで勝利に十分な高得点を狙えるからだ。一方で、ムスリム陣営も決して一枚岩ではない。

かくして、聖地を巡って本音と建て前が交錯し、神経質な戦いが繰り広げられることになる。

画像3
「The Crusades」ゲームマップ

それから38年後の2016年に、「Strategy & Tactics」誌は、再び第1回十字軍のウォーゲームを付録にした。それが「First Crusade 1097–1099」(以下『First Crusade』)である。

「First Crusade」が付録のS&T誌(2016年)

先の「The Crusades」が多人数+長時間の大作だったのに対して、「First Crusade」は1人プレイ専用のソロゲーム(ソリティア)である。

プレイヤーは十字軍とその同盟軍を指揮する。イスラム教側の軍勢は、ルールにしたがって自動的に十字軍に対して敵対的な行動を取る。

「First Crusade」ゲームマップ

ウォーゲームとしてはそれほど複雑なルールではない。戦略ゲームとして、乱数に依存した構造は好みが分かれるかもしれない。

ただ少なくとも、当時のキリスト教国側から見て、第1回十字軍がどのような戦いであったかを知るには良いツールになると思う。

エルサレムの男爵

史実:
ともあれ、第1回十字軍は成功した。エルサレムはヨーロッパ人の支配下となり、十字軍国家のひとつであるエルサレム王国が11世紀末に樹立する。

しかしこの王国は、権力闘争に明け暮れた上に外敵に脅かされ続け、13世紀の終わりには全ての領地を失う。

ボードゲーム「Jerusalem(エルサレム)」でプレイヤーは、12世紀の初めごろの聖地において、富と名誉を求める男爵となる。

不安定な情勢に翻弄されながらも、最も有能な一族であることを証明するシンボル「塔」を建設し、その高さを競うという設定のファミリーストラテジーである。

画像4
Jerusalem(エルサレム)

史実がそうであったように、本作ではゲーム中に大きな出来事がたびたび発生する。たとえば、国王や司教の代替わりや、外敵が攻め込んでくるなどだ。そのたびに盤上の状況が大きく変わるので、プレイヤーたちは対応に追われることになる。

画像5
Jerusalem(エルサレム)ゲームボード

ゲームの歴史的要素は、これらの出来事に関わるものと、ボード上の名称(エルサレム宮殿、聖墳墓教会など)にある程度なので、史実を知らずとも十分に楽しめるようになっている。

ヴェネツィアの商人

史実:
その後、エルサレムはイスラム側に奪還され、再奪還にも失敗する。この情勢を受け、13世紀初頭にイスラム本拠地であるエジプトの攻略を目指して、新たな十字軍が計画された。しかしこの十字軍は、経済的にも政治的にも予期せぬ局面に見舞われ続けることになった。

それらの事態への対応に指導者たちが迷走した末、当初の目的を大きく逸脱し、あろうことか同胞キリスト教国家であるビザンツ帝国の帝都コンスタンティノープルに攻め入り、暴虐の限りを尽くした。

こうしてラテン帝国が建国されたが、もろい統治基盤のもとで衰退し続け、わずか半世紀後には滅亡した。

「エイジオブヴァンダル ~大破壊時代~」は、この悪名高き第4回十字軍をモチーフにした、国内インディーゲーム制作グループによるカードゲームである。ルールやカードテキストはもちろん日本語で記述されている。

画像6
「エイジオブヴァンダル ~大破壊時代~」

プレイヤーは十字軍に従軍したヴェネツィアの商人貴族となり、コンスタンティノープルに入って略奪(カードを入手することを本作ではこのように表現している)を行う。

この略奪品は資源を生み、その資源を利用すると多種多様な「技術」を獲得できる。この「技術」は、ゲームをより効率的に進める手段となり、また得点ともなる。終了時に、総得点数が最大のプレイヤーが勝利する。

画像7
「エイジオブヴァンダル ~大破壊時代~」の各種カード

略奪というと穏やかな表現ではないが、ゲーム内の処理は抽象化されていて、史実はフレーバー以上の扱いになっていない。したがって本作を楽しむために歴史的な知識は不要である。

ただ、本作の内容は拡大再生産型ゲームとしてはかなりの本格派で、どちらかといえば中級者以上向けである点には注意を要する。ルールは無料で公開されているので、このゲームに興味をもたれた方は、まずそれを読んでから入手を検討した方がよいだろう。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?