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70★わたしのやり方、わたしの生き方、わたしという人間(1.17震災から死別を考える)

今日は会社をずる休みしました。有給です。朝PMSを理由にしておやすみ申請。うちはLINEでオッケーなんです。「急ぎの仕事はないから休んでいいよ」と上司から返信がきて、無事にずる休み成功。お弁当を作り子供たちを送り出して再び寝室へ。しばらく友達とLINEをしていたけど、気づいたら泣きながら寝てしまってた(その間も、いっぱいメッセージくれてた😢)12時30分ごろ起きて「寝ちゃってたー」とLINEしてまた即気絶!!次に起きたら14時30分…わたし疲れてたんやな。そこまで寝不足とは気づいてなかった。起きて昨日の豚汁を暖める。冷凍刻みネギをいれようと冷凍庫明けると、、、

蓋が変形してる

なんか散乱してる!!ノンアルコールビールを何故か冷凍庫に入れてて爆発してた。泡の氷が冷凍庫中に散乱してる。鍋の火を止めてまず冷凍庫の掃除。
はぁーついてないな。
それからお茶を入れてやっと食事にありつけるも、今度はいつも置かないところにコップを置いて倒して割れる。
はぁーマジでついてないな。

今日は震災の日なんですよ

朝LINEをしていた友達は追悼式典に行ってたんだって。テレビでやってた。震災で沢山の命がなくなって、残された人たちは生活もままならない中で大切な人の死に直面した。わたしは当時高校生やった。家が揺れて目を覚ましたら、父が「無事か?!」と部屋に飛び込んできた早朝。ベッドの横の本棚が倒れていた。その瞬間に沢山の命が失われてたなんて想像もしてなくて、その後も案外早く何もなかったみたいに平和に暮らしてた。そんな震災から28年後の今日のわたしは、死別の苦しみに踠いてなにもかも嫌になってキャパオーバーで会社サボってた。心地よく暮らせる家もあるし、子供たちもそばにいてる。町は焼けてないし辛いのはわたしの気持ちだけ。震災経験と被災死別に比べたら、わたしなんてなんてことない。でもわたしにとったら色んなことがキャパオーバー。全てわたし基準で辛いものは辛い。死別の悲しさや孤独や辛さに押し潰されて、自らその人生を辞めてしまう人もいるんやって。
ギリギリのところを歩いてるのは十分共感できる。左は真っ暗の崖、右はうっすら明るい何かが向こうの方に見える道。そういう道を歩いて、気持ちが安定してるときはそのうっすら明るい場所を目指している。ときどき足元に花が咲いてて「綺麗やな~」って癒されたりする。けど、小さな石ころに躓いてふっと足元を見ると真っ暗な崖に吸い込まれそうになる。実は足元は凸凹で険しくて「あーもう左に落ちてしまったら楽になるのかな」「あの明るい場所も、全部近づいてこないし」と思う。何がきっかけで真っ暗の崖に落ちそうになるかはわからない。気を緩めたらいつでも足元をすくわれる。そんな緊張の気持ちがプツーンと切れてキャパオーバー。「今日は会社には行きたくない。サボろう」と思った。
夫はもう二度と戻ってこない。お別れも言わずにどっかへ行ってしまった。積み重ねた信頼関係も、居心地のよさも、思い出も何もかも一方的に投げ出して突然消えた。これは誰のせいでもないし誰の事も恨んでない。全力で向き合ってきから「こうしていたらよかった」という後悔もほとんどない。でも、だからって「死別」は受け入れられることじゃない。誰かのせいに出来たら楽かもと思う。自分のせいにしてもいい他人のせいにしてもいい、人を責めて腹を立てられたらいい。わたしはそんな気持ちになれない。ただ「何故突然死んだのか?」一生答えがでない苦しみと向き合って泣いてるだけ。それしかできない。
時間が過ぎて記憶が曖昧になったり、美化されたり、諦めたりしていくことを凸凹の道を歩きながら待っている。「死別」ってそういうもの(わたしの体感)。
いつかはみんな大切な人と「死別」します。例えば、80才の時に病気で夫と死別していたらどうだろう?闘病しながらお別れも言えて、自分の残りの人生も短いし、思い出も沢山だし、子供も成長して自立してるし、違ったんちゃうかなって想像してみたり。それを体験した人から話し聞いてみたい。乗り越え方は千差万別で正解も近道もない。「死別」に関する本も沢山読んだしブログみたいなものも読んだ。noteでも「死別」に関して書いてる人の記事を読み漁っている。人の話は参考になるし、落ちかけてる気持ちのストッパーや励ましになる。でもやっぱりわたし自身が自分で乗り越えるしかない。死んだら乗り越えたことにならないから、生きて生きるしかない。子供の成長もみたかっただろうし、離婚して第二の人生も夢見てたかもしれんし、きっと夫もまだまだ生きたかったはず。夫の分もとは思わないけど、わたしには生きるという道しかない。辛くても悲しくても死にたくなっても、生きるしかない。震災で死別し残された人たちもきっとそう思いながら28年間過ごしてきたんだと思う。そしてその歩みは今も続いている。


カルディーのカヌレ

そんなことを考えたずる休みの1日でした。
読んでくださってありがとうございます。

今日の夕飯

鶏肉となすとニラの中華炒め
鶏ハム菊菜サラダ
残り物豚汁(豆腐入り)
炊き込みご飯



おしまい


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