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人生初ホームシック!

前回の記事で匂わせだけしておりましたとある大事件、それが「人生初ホームシック」に陥ったことです。

大事件ってそんなことかい…って思われた方もいらっしゃるかと思いますが、個人的には大大大ニュースでした^^

気を抜くと涙が出てきてしまう。不眠。無気力。激しい頭痛。

学校にいるとき以外(学校にいると忙しくて何も感じなくなる)、気持ちがずーっと憂鬱。
大体寝ればすっきりした気持ちになるのに、寝ても覚めてもずっと憂鬱。

夜泣きすぎて朝の瞼の腫れ具合がすごい。メイクじゃどうにも隠せない。
腫れぼったい顔を見て朝からさらに気持ちが落ち込む。

日本に帰りたい。8か月長すぎ。早く帰りたい。帰りたい帰りたい帰りたい。

正直最初の1週間はずーっとそんなことを感じながら過ごしておりました(笑)

これまで海外には何度も行ってきましたが、ホームシックになったことはただの一度もありませんでした。海外だけでなく、国内での一人暮らしとかも含め、「寂しい」とか「帰りたい」とか思った経験がほぼなかった私。

もちろん過程の中で「キツイ!苦しい!」という場面は全然あるけど、それが即ち「帰りたい!」にはつながらなかったんですよ。

だけど今回は初めて、日本や家族や友達が恋しくて恋しくて、これが噂のホームシックか!と思い、その予想以上の苦しさに衝撃を受けておりました(笑)

今回初めてのホームシックに陥った原因としては、複数思い当たるものがあります。

1つは、住環境。
頭ではわかっていたものの、日常的に虫が大量に発生したり、寮生との距離が近くて四六時中生徒の存在を感じたりする環境が、予想以上にキツイ。

家に帰って、どこからともなく湧く数百匹の小蟻を処理し、ネズミのフンやらヤモリのフンやらを処理し、いざ寝ようと思ったらベッドの上にも大量の羽蟻。寝ているときにも自分の身体に虫が張り付いてくる。。。

き、きつすぎる。。。なんだこれ。。。

これまでも途上国でバックパッカーしてきて、1泊300円とかのドミに泊まってきていて、天井から虫が降ってくる宿とか、水しか出ない宿とか、その辺をGが歩き回ってる宿とか、いろいろ経験してきました。

でも、それはあくまで「非日常」だったから耐えられた。
あと、大体旅行中は寝るためだけに宿をとっていたので、寝てしまえばあまり気になることはなかった。

でも「生活者」となった今は違う。

外では気を張っているので、せめて家の中ではリラックスしたいのに、家でも常に気を抜けない。

さらに、夜遅くまで生徒たちの声がダイレクトに聞こえてくる。
少し外に出ると、必ず生徒と顔を合わせることになってしまう。一瞬でオンの自分に切り替える必要がある。

この住環境が最もメンタルを侵食してきましたね。

こうして住居を用意してくださって、私が住む前に清掃してくださった方もいて、もちろんその事実にすごく感謝しています。し、こればかりは私が慣れていかなきゃいけない問題だということも理解して来ています。

でも、頭ではわかっていても、きついもんはきつい!(笑)
まだまだ来て一週間の自分には、この状況を楽しむ余裕は持てませんでした…。

そして他のホームシック要因としては、激ヤバGrabドライバーに当たってしまったことも挙げられます。

これまで何十回何百回と使ってきたGrabで、初めての怖い体験。

というのも、ドライバーが指定した場所ではないところで私を降ろそうとして、「ここではないです」と伝えたらすごい怒りで怒鳴られて、舌打ちをされながら超荒い運転をされまして。

ちょっと文面で伝えづらいんですけど、ガチ恐怖体験すぎて、割とトラウマ。思い出すだけでキツイ。

以前バックパッカー旅行の際にもタクシーで怖い思いをしたことがあって、車内で異性に攻撃的な対応をされることの恐怖がよみがえって、家に帰った瞬間号泣。

人の怒りに触れることがそもそも大の苦手なのに、慣れない土地で、密室で、自分に主導権が握れない環境で、攻撃的な対応をされる恐怖といったら。

外国人かつ若い女ってことで、完全に舐められたな、と思いましたね。

正直外国にいると、女であることで不利な経験をすることが多すぎて、外国にいるときだけは男になりたいなと強く感じます。

悔しいし、怖かったし、でも家に帰ってもひとりぼっちで、この恐怖を共有できる人もいないし。

この一撃パンチが、住環境でちりつもだったストレスにドカンと乗っかってきて、一気に心が限界に。

他にも、PCが水没したり、言語の壁でうまくコミュニケーションが取れないもどかしさがあったり、学校と銀行を往復しなければいけない日々が続いたり、KLにいるときと比べて「外国人」として目立ってしまうことが多かったり、新生活準備で収入がない状態で出費が続くことで不安になったり。

でも、弱音を吐ける場所がほとんどない。「辛い」と伝えられる心許せる存在がそもそもこの世に数人しかいない自分ですが、今回は異国ということもあってなおさらSOSを出しづらい。

それに、今回は立場的にも弱音を発信することに躊躇が生まれやすかった。

自分が手を挙げて、高い倍率を潜り抜けて選んでいただいて、たくさんの関係者に支えられて渡航が実現している中で、弱音を吐くというハードルがすごい高かった。

それに、日本の知り合いにも意気揚々と「海外で頑張ります!」と言って出国してきている手前、1か月足らずで心折れて「帰りたい~~><」とか言うのもなんだかかっこ悪い気がして。笑

あとは、大好きなマレーシアが嫌になりそうなことも嫌だったし、ようやくマレーシアで働くという夢を実現できているのに、十分に楽しめていないことも嫌だった。

なんかもう全部が嫌になった(笑)

そんなこんなで、ただでさえ学校生活が始まった初週で緊張状態だったのに、心がどんどんすり減っていきまして、割と早い段階で限界を迎えました^^

心が折れた日、親に号泣しながら電話。
泣きすぎてティッシュ使い切りましたよ。えぐいえぐい。
ほんと親の存在には感謝が止まらないです。

他にもJFの担当の方や、日本のマブにSOSを出し、電話でたくさん話を聞いてもらいました。

そうしてたくさん自分の感情や状況を人に伝えるうちに、徐々に自分を俯瞰できるようになってきて、感情の整理も少しできるようになり、今はだいぶましな状態になりました。

ホームシックのときは、母国語で気を許せる人に死ぬほど喋り倒すってのが超有効ですね。

とはいえ、波がすごいあるから、まだまだ全然安定はしていないんだけどね(^_-)-☆

いやぁ、どっかで病むだろうな~~~とは思っていましたが、まさかこんな早く心折れるとはね!

あれ?今って何もかもたのしいハネムーン期じゃないの!?!病むの早くね????って感じですよほんとに。

ただ、もしかしたら自分が学生の時だったらここまでの状態にはなってなかったかもと思ったりも。

学生の時は度重なるバックパッカー旅で、かなりサバイバルな生活に耐性がついていたし、体力もあったし、他人と生活することへの抵抗も少なかった。

汚い環境もまぁ普通に嫌ではあるけど全然乗り越えられたし、シェアハウス的なところで生活もできた。

でも、そんな生活をしていたころから、コロナ禍を挟んで約4年が経過し、大学を卒業し、海外に触れないまま社会人生活を過ごし、初めての一人暮らしをして2年間が経過した今、気づかないうちに学生の時から価値観が大きく変わっていたようです。

普通に清潔で便利で快適で安心できる環境で過ごしたいし、一人暮らしの自由度を謳歌してしまっていたがゆえに、四六時中他人を感じる生活のストレスは耐え難い。

「海外最高!日本を早く出たい!」という思いを常に感じていた私が、まさかの今「日本ってホント最強だな!?!」と思ってるの、おもろい^^

でも、少し自分を客観視できるようになってきた今は、このホームシックな状況を前向きにとらえることができ始めています。

こういう「く、苦しい…!」という思いを感じるために海外に飛び込んできたわけだし、それに「海外生活で不安を感じる」という経験をできたからこそ、今後周りのそういう痛みや苦しさに寄り添うことができるようになる。

なので、今のこのしんどさは、まぎれもなく自分の成長の糧になると思えてます。

まぁとは言いつつ普通に全然しんどいので(笑)、無理にポジティブしすぎずに、ちゃんと弱音はいたり無理な時は無理って言って、完全に折れてしまわないように自分をコントロールしていこうと思っていますが。

正直この記事を書くことはすごく悩みました。マイナスな感情を発信してしまう負の影響もあると思ったから。

でもそれ以上に、リアルを届けることこそにこのnoteの意味がある気がしたので書きました。

普通に、何事も、いいこととか楽しいことばかりなわけないからね。
影の部分ももちろんあって、つらい経験ももちろんあって、でもそれも丸ごと味わいながら進む中で、光の部分の価値が出てくるというか。

負も含めて発信することで、誰かのためになれることもあるかもしれないと思ったりして!

ということで、今後も感情ジェットコースター女ゆえ、いろんな思いを感じて揺らぎまくると思いますが^_^
そんな様子も含めて温かく見守ってくださいますと嬉しいです♡

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