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せまりくる森

わたしが働いている大学は、駅から車で10分くらいのところにあって、敷地は広いがそのほとんどが森である。

わたしのいる工房のすぐ裏も、森になっている。
わたしがここに来る前に、だいぶ工房の敷地の方に迫ってきていた森の草木を、業者に伐採してもらって少し場所を広くした、という話を聞いている。

聞いている、が、森のパワーは圧倒的で、それから2年もたたない今、もうすでに森は再び、その境界を越えてこちらへ侵食しようとしつつある。


草刈りは、わたしの仕事のうちの一つだけど、これがなかなか骨が折れる。
あっちこっちにデッカい大理石やら御影石やらの原石が置いてあるので、草刈機では刈りきれない。場所によっては鎌や鋏で地道に刈らなければいけない。

わたしは大阪生まれ大阪育ちの自称シティガールで野山とは無縁の生活を送ってきた。草木や花の名前も、虫の名前もまったくわからない。興味もなかった。

だけどここに来て、仕事をしながら見つけた虫や草木について調べることが、ちょっとした趣味になりつつある。


|この木なんの木

ちょうど1年前くらい、草刈りをしていると伐採された森の切り株から青々とした枝がたくましく伸びているのを見つけた。
幾本かの枝はすでに高く、わたしの身長を超えるほどになっていて、そしてわたしの顔二つ分くらいあるんじゃないかと思うほどに大きい葉っぱをつけていた。

こんな枝生えていたかしら、と訝しげに思いつつ、枝を鎌で切り落とすと、中はほとんど空洞で、スカスカで驚いた。

それから1週間2週間、とたつうちにあっというまにその枝はぐんぐんと成長した。本格的に夏の日差しが照りつけるころには、わたしの身長の二倍ほどにもなって、やはり奇妙に大きな葉をたくさんつけて、文字通り生い茂っていた。枝の下の方は色が茶色く変化しつつあり、硬くなってきていた。(しかしやはり中は空洞だった)

やっきになって枝を伐採するも、彼らの生命力の方がわたしたちの力を上回っているように感じた。切っても切っても、ぐんぐん伸びた。切り株から生えていたから、根がしっかりしているおかげもあるんだろう。

一体この木はなんなのか。こんなに葉が大きくてしかも成長が異様に早い木を、わたしは知らなかった。外来種ではないのか、本当にこの切り株と同じ木なのか、寄生してるのではないのか、そんなことはありえるのか。様々な疑問が頭をもたげた。

…………………

そのモンスターじみた植物との戦いも、真夏のあまりの暑さに諦め始めたころだった。
ゴミ捨てに行こうと、プラプラと鼻歌交じりによく晴れた8月の空を見上げながら歩いているとき、ふと、自分の頭上何メートルも上に、見覚えのあるものを見つけて立ち止まった。
あの葉っぱは!大きさは違うが、しかし形が同じだった。間違いない、あの植物と同じ木だ。

ちゃんと植林された木にはプレートがついている。目線を下ろして、その幹にかかったプレートを見て、わたしは驚いた。

なんとその木は「桐」だったのだ!

桐?桐ってあの桐箪笥の桐?桐箱の桐?困惑しつつ急いで部屋にもどり、「桐の幼木」で検索をかけたら、まったく同じような写真がずらずらとでてきた。

切っても切ってもぐんぐん伸びるので困っていたが、それもそのはず「桐」という名前の由来は(一説には)切ってもすぐに成長することから「キル(切る、伐る)」が由来で「キリ(桐)」という名前になったとか。

若い枝を切ったときほとんど道管の空洞で驚いたが、大きくなった幹の方も道管の孔が多いため、木材としては日本の木材の中で一番軽く、防湿性があるという特徴をもっているそうだ。

すぐ成長して、軽くて、防湿性、防虫性に優れている。なるほど箪笥に使われる理由がよくわかった。
高級な骨董品などを桐箱に入れるのは、桐という木材が高級だからなんだと勝手に思っていたが、そうではなく、そうした保存性能に優れているからだったのだ。

そんなことも知らなかったの、と笑われそうな話だけど、知らなかった。
桐と言われて桐箪笥や桐箱などの言葉やビジュアルは浮かべても、桐そのものについては、わたしは知らなかったのだ。

…………………

知らないことだらけだな、と思う。目の前にある鬱蒼とした森。森に足を踏み入れることはできない。草木が生い茂りすぎて、とても入れない。
わたしは森の入り口で右往左往しているだけにすぎない。森の奥は本当に全く未知の世界だ。全然見たことない動物とか虫とか植物がいても不思議じゃない。わたしにとってそこはもはや宇宙に等しい。

もちろん人間本気になれば、その森に分け入って調査することも、森を開拓することもできるんだろう。そうして森を支配したような気持ちになれるかもしれない。

ただ、わたし一個人としてはただただ「とても敵わない」という感想が出てくるのみである。やっきになって草刈りしてるのを森に笑われている気すらする。(いやまあでもこれ以上攻め込まれると困るので、刈るんだけどね。)

大学の中に草木や虫に詳しい先生がいてくれたらいいのに、と思うこともあるが、いないので地道に自分で調べたり、友達に聞いたりしている。

この間はナカバモミジイチゴの棘に攻撃をされた。ヨモギの葉の裏にふわふわした可愛い毛玉のようなものも見つけた。ヨモギハシロケタマフシという虫こぶだった。春には青い艶がきれいなマイマイカブリの幼虫を見かけた。たんぽぽだと思っていた花はブタナという「たんぽぽもどき」だった。あれは春に見たはずなのに未だに花をつけている…

梅雨が明けて、日差しはすっかりもう夏だ。今年もわたしの中の草木・虫図鑑が更新されるだろう。
うっとおしいと感じることもあるけれど、どんな出会いがあるのか楽しみにしておこう。


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