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海岸通りの岡本さんへ

2013年夏、私は生まれ育った東京を離れ、広島県は尾道市に移住してきました。東京の喧騒に疲れ果て……というわけではないけれど、あるとき旅行で訪れた尾道の、駅を降りたらすぐ目の前に横たわる静かな尾道水道や、都会でも田舎でもない独特の穏やかな空気感に惹かれて、ここで静かに暮らすのもいいなぁ、と、具体的なプランがあったわけではないまま、この地に住みついたのでした。

けれど、絵に描いたような素朴な暮らしがそう簡単に手に入るはずはなく、日常生活もさることながら、自分で作っている冊子や本を置いてくれるお店はないものか、何軒かまわったけれど相手にされず、自分がだいぶ甘かったことに気づきつつあるときのことですが。

菅原龍平くんというシンガーソングライターのライブを、私の友人が住んでいる呉市の本屋さんや雑貨屋さんと組んでイベント風に開催しようと企て、音楽のライブを行なっているカフェから、行政が管理する施設まで、いろいろあたることにしました。が、内容や時間や料金など、東京とは違う常識やルールがあって(今思えば当然なのですが)、なかなか折り合いがつきません。

どうしたものかと迷っていたところ、尾道に来て知り合った方が《ジョンバーガー&カフェ》を教えてくれました。

ときどき音楽のライブもやっているし、音響設備も整っていて、お店の方もいい方たちだと聞いて、早速訪ねることにしました。

そこで、初めてオーナーの岡本さんにお会いしました。ものすごく物腰の柔らかい方で、こちらが、こういう内容で、このくらいの時間で、このくらいの予算で……と話すことすべてにウンウンと頷いてくださり、その場でライブ開催が決定しました。音響もお任せしていいとのことでした(この岡本さん、実は相当な音響マニアなのでした)。

当日は早めの時間にスタートして本や雑貨の販売が始まり、夜は龍平くんの弾き語りライブです。尾道の雰囲気に(私のイメージ的には)ぴったりな、いい夜になりました。岡本さんはじめ、お店の方々も温かく見守ってくれました。

尾道にこんなに素敵な、ライブができる場所があることを知り、その後、数年にわたり、龍平くんが参加しているユニット・Northern Boys(w/林幸治 from TRICERATOPS)やフォークシンカーズ(w/EG)、宮田和弥さん、ウルフルケイスケさん、Miyamoto Kohjiさん、大島花子さん……と、多種多彩なミュージシャンをジョンバーガーに招くことができました。私はチケットのもぎりやグッズ販売なども手伝わせてもらって、すべて楽しく過ごしました。

地元のバンド、The東南西北や、寺岡呼人くんのライブも観に行きました。

2018年には西日本豪雨があり、私が住んでいる地域も長い期間、断水になりました。そんなとき真っ先に電話をくれたのが岡本さんでした。「お水ありますか? 困ったことがあったらいつでも言ってね!」と。

誰かに頼るという発想もないくらい一人でいるのが普通の生活だったので、とても驚き、とても温かい気持ちになったことを今でも覚えています。

それから、いつだったか、テレビを観ていたら岡本さんが出ていました。アンガールズの『元就。』(RCCテレビ)という番組で、田中(卓志)さんに声をかけられていました。記憶なので正しい言い回しではないかもしれませんが、「おいしいハンバーガーが食べたいので、作ってください」「ダメです(笑)」「なんで?」「昨日ライブがあって、疲れてるから」と、ニコニコ顔の岡本さん。

広島の人気番組が来ているのに、ハンバーガー作るの断るなんて! その正直さ、無欲さ、ユニークさもまた岡本さんの魅力です。ますます好感を持ちました。

後日、そのことを岡本さんに話したら、ハンバーガーを作らなかったことをご家族に叱られたと言って、また笑ってました。

こうして思い出してみると、岡本さんの笑顔しか浮かびません。私が作っている雑誌(ラッキーラクーン)をお店に閲覧用として置いてくださったり、尾道に来ていた山崎まさよしをインタビューする場所がないときもジョンバーガーさんの楽屋をお借りしましたし、ずっとずっとお世話になりっぱなしでした。いつも「ええ、いいですよ〜」と、やさしく引き受けてくださいました。こういう人になりたいなと思っていました(そう簡単になれるものではありませんが)。

けれど、2019年からはお店に伺う機会も減ってしまい、ここ3年ぐらい岡本さんにお会いしていませんでした。

先日、友人から、訃報を聞きました。

ジョンバーガーでライブが終わったあと、外に出て最初に目に入るのは、街灯に照らされた海岸通りと、尾道水道です。音楽の余韻を楽しみながら、その青い風景に癒されるのです。あの瞬間がとても好きでした。

その記憶とともに、岡本さんへの感謝はずっと忘れません。何も恩返しできなかったことがただただ悔やまれます。

今はお店はご家族が継いでいらっしゃいます。またハンバーガーを食べに行きますね。

岡本さん、ありがとうございました。安らかに。またきっと会いましょう。


Northern Boys, Oct.2018

菅原龍平さんからのコメント

にこやかで物腰は柔らかく、しかし機材へのこだわりは人一倍ある。静かな職人気質の人だなとお世話になるたび思っていました。いつかまたぜひ演奏させていただきたいなとちょうど思っていた矢先だけに非常に残念です。

尾道の海と、風と、光。その思い出のなかに岡本さんの笑顔がいつもありました。ご冥福をお祈り致します。



※この記事は、ご家族から許可をいただいて公開しております。


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