【小説】ワールドカオス 第4話
夜の残滓を拾い集めるように、朝四時の町を歩く。
吐く息が白い。
温かい飲み物がほしくて、私は自販機のミルクココアのボタンを押した。吐きだされた缶が、ガコンと殊更大きな音を響かせた。
その音以外には、街路樹から朝露が滴る音だけ。
まだ、街は目を覚ます前。きっと今頃は、巨大な鯨になった夢でもみているはずだ。
まだギリギリ昨日の延長戦。昨日と今日の境界線。
新しい一日が動き始める少し前……。
誰に気を遣うわけでもなく、交差点の横断歩道を独り占め。
この時間帯の空気が、一番清潔だ。
大通りをはずれて、私は狭い路地に進んだ。
電柱の陰の野良猫が、緑色の目で、こっちを見ていた。
ミルクココアの缶を両手で弄びながら歩いていたら、白い家とレンガ色の家の間の空き地が目に留まった。
元あった建物が取り壊されて、平らになった四角い更地。立入禁止のロープが張ってある。
えっと……。ここ、何が建ってたんだっけ?
しばらく考えたけど、思いだせない。
左側の家も、右側の家もはっきりと覚えているのに、その間の空間に何があったのか、記憶からすっぽり抜け落ちている。
そんな昔の話じゃない。二ヶ月三ヶ月前までは確かに、ここにあったのに。
その記憶が入ったフォルダが開けない。
“アクセスエラー”
“ファイルが破損しているため開くことができません”
そんなふうに、私は色々なことを忘れてしまう。
こどもの頃、ほしいと泣いて強請ったオモチャの名前はなんだっけ?
小四の夏休み明けに転校していったあの子の名前はなんだっけ?
生きているうちに、忘れていくんだ。
忘れたいことも、忘れたくないことも、その両方を。
いつかはキミのことも忘れてしまうのかな。
あの日一言、「×××××」とキミに言えば良かった。
私、もう一度、キミに会いたいよ。
(了)
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