見出し画像

【小説】ワールドカオス 第2話

この季節にしては、太陽は高い位置にあったけど、風はしっかり冷えていた。「寒ーい」と通りすがりの女子高生が口にする。

私は交差点の先の信号に目を留めた。

信号は赤。

立ち止まる。

信号待ちの人たちの声に囲まれる。

家族の話、仕事の話。

嫌いな先生の話。気になるあの人の話。

昨日のテレビ。バイトの愚痴。SNSで見た噂。

高い声、低い声、近くの声、遠い声、しゃがれ声、笑い声。

声。声。声声声……。

光のフラッシュみたいな声の洪水。まぶしくて、私はちょっと目眩を覚える。

信号が、青に変わった。

交差点が歌う“とおりゃんせ”。

足音と話し声が一斉に交差点を渡り始める。

車のアイドリング。バイクの排気音。

街頭ヴィジョン。

工事中の道。

誰かのスマホの音。

世界は音に溢れている。私には、ときどき、音が多すぎる。

鞄からイヤホンをとりだして、私は耳に突っこんだ。

人のざわめき、タクシーのクラクション、ゲームセンターの音、踏切、遠くのサイレン、全部を音楽で遮断する。シャッフルで再生されたのは、私がギターで初めて覚えたバンドの曲だった。いつでも私を守ってくれる無敵の音楽。


十五分かけて帰宅して、そのままベッドにダイヴした。

枕に顔を埋めた拍子に、耳からイヤホンが自然と抜け落ちた。

オレンジが窓からやってくる。

目を閉じる。

次に目が覚めたら、知らない世界だったらいいのにな。

私の意識は、眠りの中に沈んでいった。

(了)


※一部、YouTube朗読版とは内容が異なる場合があります。


YouTubeもやっています。
オリジナル小説の朗読を配信中。

モリブックス【創作朗読】
https://www.youtube.com/@moribooks

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?