【小説】ワールドカオス 第1話
町には、いろいろなものが落ちている。
知らない誰かの落とし物。
たとえば、傘? スマホの充電器?
中には、なんでこんな物が落ちてるの、と思う物もときどきあって。
今日は、片方だけのショートブーツ。明るいアーモンド色の。
家の近所の道でみつけた。
長く履きこまれたものじゃない。ちょこんと行儀良い姿勢で、ツンとすまし顔をして、自販機の前に落ちていた。
右足のほうだけ落ちていた。
右足の靴と左足の靴で離れ離れになってしまって、これでは、お互い困ってしまうだろう。
生まれたときから一緒の双子。今日までずっと隣にいて、これからもずっと隣同士のはずなのに。そう、未来を約束されたはずだった。
左足は、いなくなった片割れを必死に探しているに違いない。今頃は慌てふためいているはずだ。二人を引き裂いた運命の悪戯を呪って涙しているかもしれない。
運命というのは、残酷だからね。だから、忌み呪うには相応しい。
迷子の右足は、ここで迎えを待っている。右足にできることは、迎えを待つことだけで……。ただ祈るように。ただ犬のように。別れた片割れとの再会のときを信じて……。
その夜は、ひどい雨がざあざあ降った。
次の日、強い横降りの雨の中、私は黄色いレインコートを着て、同じ道を通った。
右足だけのショートブーツは、消えていた。
近所を一周して探してみたけれど、やっぱり、みつからなかった。
落とし物の靴は、もうどこにもなかった。
(了)
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