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小説「人間の一生」第一章

生い立ち

 奈良県天理市は、昭和29年4月1日に山辺郡丹波市町、添上郡櫟本町などの市町村が合併して「天理市」となった。市の中心部には天理教関連の施設が多く、「宗教都市」と言われている。宗教団体名が市の名前となった唯一の町である。「天理市」という名前に関しては、天理教教団側は反対だったと聞く。しかし、合併を契機として宗教都市であることを明瞭にしようと、住民の意向が反映されて「天理市」となったようである。
 
 市町村合併で「天理市」となって、しばらく経った昭和30年代後半、天理教X大教会の信者詰所の二階にジロウは住んでいた。木造瓦葺の二階建ての信者宿泊施設で、信者が泊まる大広間の横にある八畳ほどの部屋に、ジロウは両親と弟妹の5人で住んでいた。水洗トイレなどなく、便器も和式で、下を覗き込むと、吸い込まれそうになる。よく見ると誰かが落としてしまったのか、スリッパも見える。幼い子供が落ちたら大変である。バキュームカーが時々、糞尿をくみ取りにくるが、その臭いたるや、強烈なものだった。子供たちはバキュームカーを見れば、「ワァー」と逃げ回っていた。

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