信託型ストックオプションの国税庁Q&Aに対する会計処理の考察

2023年5月、信託型ストックオプション(以下、信託型SO)の国税庁と経済産業省による説明会が実施され、Q&Aが配布された。
この点については既に2023年2月の国会で議論に上がっており、この経緯に関しては既知のものとして扱うが、知らない方については経緯及び概要は以下の有料記事がわかりやすく取り上げられているため参考とされたい。

前提として、本noteは既存の信託型SOの会計処理ではなく、国税庁Q&Aで明確になる部分の影響を対象としている。
また税効果会計は対象としていない。
本noteは2023/5/29に公開をしている。今後の状況によって加筆をする場合はその点を記載していこうと思う。

私見

見解の相違点

見解の相違する点は国税庁の資料を用いて示すと以下のとおりとなる。

国税庁配布:信託型ストックオプションの課税についてより
筆者作成

⑦・⑧の新株予約権の行使・株式交付時における課税に関して、企業側と国税側で見解が異なったと考えられる。
まず、役職員における受取側の影響額を試算(※)すると、以下のようになると考えられる。

筆者作成

今回、影響が大きいと考えられるのは、通達ではなく、税務上のQ&Aとして公表されることであろう。
仮に通達の公表として世に出されたものであれば、過去の取扱いは正しく、将来に向かって課税状況が変わるものという整理も考えられるだろうが、今回は明確化という位置づけと考えられる。
つまり、会社は過去から見解が相違していた、という整理がされると考えられる。
実際に5/29の国税庁回答としては「従来から給与課税とする。改めて給与課税というものではない」という回答がなされている。

※試算の前提として、住民税を含めている。また所得税は給与は累進課税(所得が上がると税率が上がる)のため、45%と仮定して計算をした。みなし取得費や復興税等は省略。

会社への影響

信託型SOは創業者等の株を会社の外部として位置づけられる信託を通じて実施しているため、基本的には会社への影響はないと考えている人もいるだろう。
しかし今回のQ&Aの公表は課税区分の扱いが異なる点で、既に行使をされた会社の源泉所得税の取扱いに関して影響が生じる

説明会資料より転載

源泉所得税の考え方

役職員が給与を支払う場合、会社が給与から従業員の所得税を一旦預り、会社が従業員に代わって税金を納める必要がある。
今回のQ&Aで信託型SOを行使した場合、従業員に給与所得課税が生じることから、会社としては源泉所得税を徴収する義務があったと考えられる。
行使時の仕訳例:但し後述する方針によって処理が異なる可能性もある
(借方)求償権 XXX / (貸方) 預り金 XXX
⇒この求償権は回収可能性を検討する必要がある。
※勘定科目は仮。要検討。

従前の会社側の見解としては、給与としていないため、源泉徴収は行っていないものと考えられる。
しかし、今回のQ&Aで給与所得課税として扱われると、信託型SO行使金額及び給与等の合計額から最大45%程度の所得税を徴収する必要が生じる。
また個人事業主に対して信託型SOを付与しているケースも存在するだろう。非適格SOの源泉徴収事例を考慮すると、事業所得課税として源泉徴収が必要になるものと推察されるため、この点も留意されたい。

会社として検討する事項

会計上検討する点として、以下が考えられる。

  1. 会社の税務方針の検討

  2. 求償方針の検討

  3. 誤謬及び後発事象の検討

  4. 会社法上の取扱い

結論としては以下の表にまとめられると考えられる。

筆者作成

1.会社の税務方針の検討

Q&Aに従うか否かという会社スタンスをまず確立する必要がある。
従わない、という点に関しては個人的な考えとして推奨できないものの、税務調査の結果に対して不服があり、将来不服申立てを行う方針を持つ会社も存在するだろう(※)。
Q&Aに開示される以上、税務当局としては会社に源泉徴収漏れを指摘する立場にある。そのため調査が入った場合、一時的に納付をするものと推察される。

(※)不服申立ては税務調査後、3ヵ月以内に対応を行う必要もあり、あらかじめ方向性を策定しておくことが望ましいと考えられる。この点は税務訴訟に強い弁護士へ予め相談することが望ましいだろう。

Q&Aに従う場合
このような場合は確定債務として取り扱うものと考えられる。
源泉所得税の徴収漏れが確定しているため、負債を認識するとともに、役職員等に対する求償権を認識することとなる。

(借方)求償権 XXX / (貸方) 預り金 XXX

源泉所得税を期限後自主納付することとなれば、その罰則である不納付加算税は軽減される。
今回の影響としては5%といえども大きいものと推察される。

https://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/tins/n04_3.pdf

Q&Aに従わない場合
このような場合は偶発債務として取り扱うものと考えられる。
損失発生の可能性が高く、かつ金額を見積もることができる場合には、引当金を計上し、発生の可能性の程度が中~低い場合には、注記対応を行うこととなる。

想定される仕訳例
(借方)●●引当金繰入 XXX / (貸方) ●●引当金 XXX
もしくは注記

【損失認識の必要性】
Q&Aに従わないことから、損失認識をしなくても良いのか、という考え方もあるかもしれないが、結論から言うと認識は必要と考えられるだろう。
まず、税務調査で指摘される可能性がある以上は仮にでも納付を行うこととなる。
このとき、税務調査等で指摘された事項に関して、不服とし、法的手段を取る場合であっても、原則として損益に計上することとされている(誤謬の場合を除く)。

https://www.asb.or.jp/jp/wp-content/uploads/zeikouka20221028_02.pdf

なお、上記の考えについては、給与の源泉所得税に関する不服の処理が当てはまる会計基準は直接無いため、「法人税、住民税及び事業税等に関する会計基準」に規定されているものから類推している。この点、認識に相違があればご指摘願いたい。

【影響額の算定】
損失額の見積に関しては、会社に情報が全てある以上、影響額の把握は可能と考えられる。

以上より、個人の考えとしては、引当金の計上要件(詳細略)を満たす可能性が高いと考えている。
なお、この点に関しては「偶発事象の会計処理及び開示に関する研究報告」も参考にされたい。

https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/2-11-16-2-20190527.pdf

また、監査法人によってはQ&Aに従わないことに関して意見書等を求める可能性もあるかもしれない。

【5/30追記】
源泉所得税を争うケースに関しては、一旦税金を納めてから誤納額の還付請求を行い、認められない場合に税務訴訟へ、という方法もある点をご指摘頂きました。
こちらの方が不納付加算税等の面でメリットがあるので、追記致します。

2.求償方針の検討

国税庁のQ&Aに従うか否かに限らず、調査で指摘される可能性がある以上は、会社として行使した役職員に対する求償を行うか否かを予め検討する必要がある。
なお、求償を行う場合、そもそも役職員、特に従業員に対して信託型SO導入時に税務上の見解が定まっていないかどうかを説明したか、という点は従業員側の納得感に影響する部分となるだろう。

役職員に求償を行う場合
求償を行う場合、その回収可能性の検討を行う必要がある。
しかし既に従業員が信託型SOを行使して得た資金を費消している場合もあり、個々人により回収可能性は異なるものと考えられる。この点の検討は非常に困難であるため、何かしら前提を置いたうえで監査法人とも協議が必要になると考えられる。

想定される仕訳例
(借方)貸倒引当金繰入 XXX / (貸方) 貸倒引当金 XXX

回収する場合、役職員の士気が下がる可能性があると推察される。
また個別引当を行うことから、その計算に工数がかかる可能性がある。

役職員に求償を行わない場合
従業員に求償を行わない場合は、求償権の全額を放棄することとなるため、損失として取り扱うこととなる。
但し上場会社である以上、本来求償すべき義務を放棄する以上は株主への説明責任があるだろう。この点について開示をすることが望ましいのではないかと考えられる。
また放棄をする金額はその放棄相当額についても給与所得等を構成するため、その部分についても源泉所得税を計算・納付する必要がある。

想定される仕訳例
通常分→
(借方)債権放棄損 XXX / (貸方) 求償権 XXX

放棄分→
(借方)債権放棄損 XXX / (貸方) 預り金 XXX

なお、本来会社として求償すべき点を放棄する以上は、株主への説明責任があると考えられる。

3.誤謬及び後発事象の検討

誤謬か否かの考え方
今回の会計処理を誤謬として取り扱うか否かで会計処理に織り込む時期が異なる。
誤謬として取り扱う場合で、それが重要な場合は過年度の決算書を修正再表示をする必要がある。この場合は過年度の監査修正等を行うこととなる。
一方で誤謬ではなく、見解の相違とする場合は進行期における損益に反映させる処理になると考えられる(これに伴い予算の修正も要検討となる)。

今回、国税庁のスタンスが通達の改正ではないことからも、検討不足による誤謬に該当するのではないか、という見解もありうるのではないかと思われるが、税務調査の過程で生じる見解の相違については誤謬に扱わない事例もあるため、この点は監査法人との協議も行う必要がある。

なお、事例は思いつかないが、借入をしている会社で財務制限条項があり、今回の負債計上等でそれに抵触する会社がある場合は、その影響がかなり大きくなることが予想される。抵触する可能性がある場合は銀行側とも協議をする必要があるだろう。

後発事象の考え方
後発事象とは、決算日後に発生した会社の財務諸表等に影響を及ぼす会計事象のことをいい、3月決算の場合、4/1~監査報告書日までに発生したものが該当することとなる。
ここで、後発事象は開示後発事象と修正後発事象に分類される。

https://jicpa.or.jp/specialized_field/2-24-560j_1-2-20221013.pdf


誤謬として取り扱った場合、修正後発事象として取り扱うため、過年度の決算に織り込む必要がある。
一方で誤謬ではない、という場合は開示後発事象に該当し、注記が必要となると考えられる。
今回、3月決算の会社は招集通知発送から有報作成までの期間で発生したものとなるため、有価証券報告書への注記を行う必要性があるだろう。

4.会社法上の取扱い

ここは私の知識不足のため、疑問の提示でとどめてしまうが、会社法上の報酬に該当するのか否かは再度見直しをしても良いのではないだろうか。
過去に有償SOが報酬に該当するかという点に関して「財産上の利益」か「職務執行の対価」という点で論じられたものもある(商事法務No.2288:有償で付与される譲渡予約権およびストック・オプションの法務上の留意点)。
今回、税務上の報酬に該当するとされたのは、職務執行の対価としての面を国税庁側で示したことに該当するが、会社への貢献度に応じて役職員を受益者に指定するフローが入っていることも一因だろう(実際に説明会の際にこの点についても言及をされていた)。
仮に会社法上の報酬に該当していた場合は、会社法上の報酬規制をどのように扱ったのかについても議論が生じるだろう。
なお、過去に報酬規制を違反している会社は報酬の返還等を行って対応している会社もある(例:メディアスHD、ビーブレイクシステム)。
追認ができるのかどうかは不明であるが、この点に関しては弁護士とも協議が必要なのではないかと考えられる。
今後開示・専門情報等についても注視していきたい。

その他:年末調整の修正

ここからは会計処理、というよりは事務手続になるが、信託型SOを行使した役職員等に対して年末調整を再度実施し、源泉徴収票・法定調書合計表の再提出を行うこととなる。
また市区町村に対しても給与支払報告書の再提出を行うこととなる。
なお、余談ではあるが、ストックオプションは社会保険料の算定の対象とはならないとされている。
そのためここまでくれば会社として実施すべき事項はこの点で一区切りするだろう。

https://www.meti.go.jp/press/2021/06/20210607001/20210607001-1.pdf

最後に

説明会を聞いていたが、Q&Aの開示が遅れたことに対して非難がされていた点が印象的であった。
しかし国税庁としては照会があれば公表をするというスタンスであり、感情的には整理がつきにくいとは思われるが、これ以上どうしようもないのだろう。
会社としては争うか否かを含めて淡々と処理をしていく以上は無いものと考えられる。

今回のnoteにおける会計処理については、監査法人の見解を示すものではないため、実際に監査法人と協議をした場合は、その見解が異なる点はあるかもしれない。そのためこのnoteはあくまで議論のたたき台として活用して頂きたい(だからこそ無料で提示している)。
このようなnoteを開示したことに伴い、かえって現場を混乱させてしまう場合や、その他認識が異なる点があればコメントを頂きたい。
また、もし私で何かできることがあればHP・Twitter経由で問い合わせしてもらえれば幸いである。

なお、今回の課税上の取扱いであるが、信託型SOは受託者である信託法人からの引継ぎであるため、所得税法施行令84③の「発行法人から~付されている」という文言の射程圏内に入ることはどうなのか、と思う節もあり(単なる私の知識不足かもしれないが)、非常に難しい論点であるとは感じる所でもある。
しかし実態としてインセンティブプランに活用されていたことは事実であり、給与所得とする国税庁回答も致し方無いのだろうと感じる所ではある。

免責事項

本文中の意見にわたる部分は筆者の私見であり、事業に影響を与える可能性のある事項については読者様の専門家にご相談頂く必要があります。私見に関しては何れの表明や保証をするものではありません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?