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第41話「健康寿命」

2025年問題、2040年問題を考えていて、
改めて健康寿命が目についた。

何となく健康で生きていることができるのは、
周りを見ると元気な人も多く、
80歳ぐらいかなと思っていたが、
厚生労働省のデータ(2016年)からは、
男性は72.14歳、女性は74.79歳とのことにて、
あと12年かと思うと、
改めてどう生きるかを考えるのである。

72歳というのは、生まれた干支の歳であり、
還暦から一回り。
還暦まで一生懸命働いて、
あと一回りの12年は、
「自分の好きに生きなさい」という限られた時間なのか?

一方で、世知辛い世の中、
年金の支給年齢も遅れる中で、
年金を受け取る65歳まで働き続けると残りは7年となる。

若い人には、7年は長く、
歳をとると7年は光陰矢の如しですぐである。

30年以上勤めた会社を辞めて、
屋久島に引っ込んで、すでに7年を経過して8年目、
一瞬の出来事であり、
会社を辞めたことは遠い昔の様である。

すると12年もあっという間に過ぎゆくのであろう。

 メイさんの友人の旦那さんが、
60歳で一度退職して個人事業主として自由になったのに、
65歳になって頼まれてある会社の社長をやることになった。

奥さんは、また、月曜日から金曜日まで働く
サラリーマンに逆戻りと怒っているという。

社長と雖も、サラリーマンには変わりないので、
自分時間を自分の自由に使う訳にはいかず、
自分の時間を切り売りしていることには変わりない。

その彼が子供たちには、会社で働くのもいいが、
サラリーマンは自分の貴重な時間を売って賃金を得ているので、
自分の時間を自分の意思で使えて
自分の能力を発揮する生き方もあると
子供には説いているという。

要は、自分の貴重な時間には限りがある、そうなのである。

 一年に2回行きたいところに旅行に行くとしたら後24箇所、
今のまま走り続けて大会に出れるのは、
年6回とすると72大会、
食事ができるのは1日3回年間約1000回とすると12,000回。
うーん、少ないのか多いのか分からないが限りはある。

以前にも書いたが、2回の癌のキャリアでもあり、
60歳まで生きることを目標にして、
次は65歳まで生きる、
そう考えると、旅行の行ける先は10箇所であり、
行きたい場所をリストアップした方が良さそうだが、
案外10箇所も浮かばない。

それより会っておきたい人は沢山いるので、
時折会うべき人のメモ程度は作ったりする。

今年は、北欧と出羽三山に行くことにしている。

北欧は出張では行ったことがあるが
空港−ホテル−オフィスで帰国とのスケジュールで、
人を大切にする国の街の雰囲気と深い森をゆっくりと肌で感じてきたい。
一方、出羽三山には以前から是非行きたいと思っていた。
山開きの期間が7月1日から8月末までであり、
宿のピークシーズンと重なるため躊躇してきた。

しかし、行ける時に行っておかないと行けなくなるのである。
特に、今年は月山卯歳御縁年で、
月山神の使いである兎🐇年にお参りをすると
12年分のご利益があるとのことにて、
湯殿山の参籠所などの予約を取ったり
交通手段をどうするかなど、
旅の手配をして、山歩きも含めて楽しみにしている。

となると残りは10箇所しかない。 

さて、最後にもう一つ。
「生きている」と、いつ実感するのか?
ということ

友と語り合い飲むこと、
ゴルフをすること、
旅に出ること、
一緒に学んでいる院生や卒業生と会えること、
みんな楽しく生きていて良かったと思うのであるが、
最も感じることができるのは、
自分を限界近くまで追い込んで
ゴールにたどり着いた後の何日間かであろうか。

山の中を走りながら考え、苦しみ、
自分な中に存在する弱さや甘えと対峙して、
乗り越えるというより、
どうにかこうにか辿り着いたことで
感じるひとときであろうか?

そう言えば、仕事もギリギリまでリスクを取り
プロジェクトを進めていた時は、日々が辛く、
眠れぬ日を何日も過ごしたのであるが、
その上で辿り着いたひとときは
何とも言えない満足感と幸福感に襲われて
生きていると感じたものである。

単に楽しいだけでなく、
寧ろ自分の全力を出し切った後で
得ることのできる幸せなひとときに、
自分自身の中にある無限の力というか
生命を感じて生きていると思えるのではないか?
そんなことを考えていれる間は、
健康に生きている証なのであろう。


森の黒ひげ塾
塾長 早川 典重

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