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【安曇野から発信する潤一博士の目】37~長野県西部地震(その3) 〈巨大土石流の発生〉

  1984年9月14日の長野県西部地震によって、御岳火山南斜面が崩壊し、3600万m³の土石(10トンダンプ720万台分)が伝上川を流れ下りました。この土石流は伝上川→濁川と流れ下り、8㎞先の王滝川との合流点に7分で到達しました(時速70㎞)。
 この流下メカニズムについて、二つの説が出されました。土石流説と粉体流説です。濁川に残る流れ山は、乾燥した火山噴出物からなり、大きな溶岩の塊も含まれていました。これが土石流の岩相を示していませんでした。
 それにもかかわらず、私たちは、土石流説を提唱しました。野外で詳しく観察・調査した結果です。それが「伝上川型土石流」説(写真⑥)です。水分を十分に含み、土石流堆積物の岩相を示す下部層と水気を含まない火山噴出物からなる上部層の二層構造でした。土石流としてふるまった下部層の上に上部層は乗った状態で、運ばれたのです。この伝上川型土石流は、厚さが100m、長さ2500mもあり、7分で8㎞を流れ下ったのです。その流下エネルギーは、斜面崩壊の際、海抜2000mを越える高所から、高速で滑落してきた火山噴出物の運動エネルギーから得られたものです。

写真①、崩壊地(写真最上部)から伝上川→濁川と流れ、王滝川(写真最下部)との合流点までの8㎞を7分で流下。王滝川をせき止めて湖をつくった。現在はカヌーなどの名所
写真②、南西方向から崩壊地と土石流の流路の一部
写真③、崩壊地から3㎞下流の伝上川左岸。100mの高さまで、土石流が削ったことがわかる。
写真④、伝上川(中央)と濁川(左端)の合流点よりやや上流。伝上川右岸の崖を乗り越えて、濁川へ土石流の一部が流れ込んでいる。
写真⑤、濁川左岸と河床の様子。崩壊地より6㎞下流(10月22日)。初めて、濁川→伝上川と逆のぼり、崩壊地に至る信大、理・調査隊
写真⑥、伝上川型土石流。2層構造を示す。
写真⑦、伝上川最上流部左岸(崩壊地直下)。一本の草木もない。
写真⑧、30年後の⑦の様子。ハンノキ、ヤナギ、シラカバなどのカン木が生い茂っている。


(地質学者・理学博士 酒井 潤一)

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