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彼女たちのたのしい闘い。日常を遊びにする大人

人のちょっとしたへんてこなこだわりを聞くのが楽しい。

そんな日常をゲーム化することについて書こうとしたら、shinshinoharaさんがドンピシャで「日常をゲーム化する」という文章を書かれていて、先を越されてしまったと思った。
くっそ〜。

(私はなんの闘いをしているんだ、とも思うけど。自分より沢山の読者が付いている、いわゆる大御所?的な人が同じテーマについて書いていると、自分のアウトプットを引っ込めたくなるきもち、あなたもない?)

とはいえ、たとえ同じタイトルだろうと、同じテーマだろうと、そこに至るまでの過程や内容は違うので書きます。

Shinoharaさんは子育ての視点で日常のゲーム化を話題にされていますが、私は大人のゲームについて書こうと思います。

みなさんは、人の話を聞いている時、どんなところにきらめきを感じますか?


え、面白い!何それ!ってなるのはどんなとき?

私は、「すごい話」「煌びやかな話」よりも日常のありふれたことについて、その人なりの見方や付き合い方がある、という話を聞くと、目が爛々としてきます。

職人じゃなくていい、
趣味や楽しみの延長のほうがいい。
私もそれをしたことがあれば、なおよし。

ただやっているときと、ゲーム化した時の楽しさを比べられて、世界の広がりを感じやすいから。
(職人さんの話は、別世界がわたしの世界の離れたところに出現するイメージ。日常のゲーム化の話は、わたしの世界が広がるとか、解像度が上がるイメージ。)

ちなみに、ゲーム化を定義すると、
ルール(制限)を設けて、
勝ち負けをつくって一喜一憂すること。
としておく。

彼女たちのたのしい闘い

では、前置きが長くなりましたが、わたしの友達・知り合いのしているちょっとした闘いをみっつ、ご紹介します。

1人目は、インドカレー作りが好きな漁師兼ヨガの先生であるNちゃんの、「炊飯器とのたたかい」

Nちゃんはかなり凝ったインドカレーとおかずを作る子。

月一 カレーの会なる、季節の食材を使ったカレーを友達と食べる会をしている。

彼女には、2つのマイルールがある。

①冷蔵庫にあるものでやる(なるべく買わない)
②1時間以内でやる=炊飯器が鳴るまでにつくる

「カレーってスパイスと塩の調合で無限に味が変わるからキリがない。炊飯器に負けないように頑張ってる。」と語るNちゃん。

1時間より時間をかけて作ってもいいのだけれど、敢えて制限をかけて、タイムアタックする。なんかアスリートみたいだ。


2人目は、京都の北部でお豆腐屋さんをしているHさん。

飲食店での経験が豊富な彼女は、待ち時間を活用することに凝っている。

「お豆腐つくりってシンプル。
ゲームみたいなもので、待ちの時間があるの。
じっとしてたらだめ、って飲食の慣習が染み付いてて、(機械が大豆を絞るのに時間がかかるので)これしてる間にゴミ捨てられる、洗えるをやっちゃう。で、溢れさせたり。」

ギリギリがすき、と語る彼女。

ギリギリいけた!うれしい!と喜んだり、
溢れされたで凹んだりするそう。

彼女も、時間という枠のなかで、どれだけのことができるかに挑戦している。


3人目は、カントリーマアムを美味しく食べることに凝っている、Sちゃん。

わたしはカントリーマアムなどは、大袋の封を開けたら最後、食べ切るまであの甘さと柔らかさに耽溺することが多いが、Sちゃんはそんなに雑に食べたりしない。

もはや儀式にちかい、彼女なりのこだわりの食べ方がある。
カントリーマアムは、レンジでチンするとか、オーブントースターで炙るとか、いろんな楽しみ方があるだろう。

Sちゃんは、もっとしずかで風流なひと手間を加える。
それは開封してから室温に置いておき、ほんのり湿気らせる、というもの。

既製品のお菓子を、自分の好みの食感にするために、時間に仕上げをしてもらうのである。すごい発想である。

絶妙な湿気り具合があるそうで、
スキー場に行った時にこれをすると凍ってしまうこともあるそう。

「凍るか、凍らないかの賭けみたいな。
凍っちゃったら、溶かす具合もまた勝負なの。」と嬉しそうに語るSちゃん。

ああ、カントリーマアム食べたくなってきた。わたしは開封してから1分たりとも待てる自信はないけれど。


こういう小さいディテールにその人の面白さが現れてくるように感じて、それを聞くのが好きだ。

ただ、最初からそれを取りにいっちゃあ、いけない。
何気ない雑談のなかから、それを発見した時の喜びが好きだからだ。

これがわたしのゲームかもしれない。

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