トム•ウェイツ Closing Time
80年代前半、男四人で佐渡島に遊びに行ったのですが (ベン•ワットの話の記事)
その四人の他に三人の姉妹の友達がいまして、合わせて男女七人夏物語ではないですが、音楽と映画の話が合うこの七人は、学生時代の良き友でした。
三人姉妹は二人の双子とひとりの妹で、双子のひとりはユウコといって、桃井かおりの雰囲気を彷彿します。男子のアパートに平気でやってきて酒や煙草はしないけど、映画や音楽話しをするのが好きでした。
その日もアパートで持ち寄りのカセットを聞きながら過ごしていると、彼女が「トイレに行くからみんな外に出て」と言います。どうもお小水の音を聞かれるのが嫌らしい…。「そんなもん気にしないから、してこいよー」と言っても首を縦に振りません。男達は渋々寒い外に出ました。
ユウコは女子が好きそうな事には関心が薄く、学校で見かけてもだいたい独りで、少し変わった子だったのかもしれません。好きなのは映画で、当時トムウェイツが主演した「ダウンバイロー」がお気に入りで、トムウェイツも聴いていました。彼女はトムの歌が似合うような物憂げな感じでもあり、笑うと少々美人な顔が魅力的でもありました。
まだ知り合って間もない頃、彼女から不意に電話があって、わけもなく話しました。「なんで電話くれたの?」「…優しそうで話聞いてくれそうだったから。私いじめられたこともあるの」私は優しくてイイ人なんて役割は御免でした。ユウコには物憂げな魅力はあるけど、どこか不健全な孤独さが漂っていました。
時は変わり、私が40代の頃、毎朝通勤する駅の公衆トイレの前を通ると「タキノオトイレハコチラデス」と機械の音声ガイドが外にまで聞こえてきます。私は「これがユウコが気にしていたことか」と思い出しました。お小水の音に、滝のように流れる音をかぶせてプライバシーを守る機能なのだと。
その後男女七人は社会人になり、ユウコの双子の姉の結婚式の時、七人が久々に再会しました。姉妹三人はいつも仲が良くこの日は特に楽しそうで、三人一斉に喋り出すので「順番に話せ!」と言っても、一分後にはまた一斉に話し始めています。しかも三人は同時に話しているお互いの話をちゃんと聞いていて話を理解しているのです!?
トム•ウェイツ。
彼のキャリアは、このジャケット写真そのもので、都会の薄汚れた裏街を潜り抜けてきたかのようです。家族がメキシコに近いサンジェイゴという軍港街に住んだ頃、このエキゾチックな街にはクラブや娯楽施設が多く、トムは家庭の事情で15歳の頃からこうした街の店で五年間、雑用として働き続けたといいます。
私は二曲目の「I Hope That I Don’t Fall In Love With You」が好きでした。
これは内心、ユウコの歌です。手が届きそうで届かない。男に傷ついて物憂げなのか、孤独で物憂げなのか分からない。恋をしてはいけない相手だから、振り返った時にはいつも居ない。
(歌詞)
きみに恋などしたくない
恋は憂うつだ
でも音楽が鳴ると
きみはぼくに心を見せたがる
店はもう終わりだ
音楽が消えていく
ぼくは最後にもう一本黒ビールをとった
君を見ようと手に取ったら
どこにも居なかった
双子の姉の結婚式の一ヶ月後、男女七人は再び集まって一台のミニバンに乗って都内の蕎麦店を梯子しました。学生時代に皆が好きだったスタイルカウンシルやDボウイや佐野元春やトムウェイツを聴きながら、最後に東京タワーに向かいました。ユウコも結婚が決まっているようで、あの頃の物憂げさや孤独さはもう薄れていました。
皆で車から降りて、淡いオレンジ色の東京タワーを見上げて、これで終わりかなと思ったのです。次々に結婚して、学生時代の名残気分も、もうほんとうに終わり。
クロージングタイム
「きれいね」「きれいだね」「またいつかね」もうしばらく会うこともないだろう。皆はそう感じていて、共に過ごした短い時代を、愛おしみました。
アルバムの最後の曲は、ユウコが好きな映画のエンディングのよう。
ところで、例の「タキノオトイレハコチラデス」は、通るといつも聞こえるので故障してるのかと思っていて、ある時一緒に居た同僚に「あのトイレの音声壊れてますよね?滝のおトイレはこちらって、もうわかったよって感じ、ハハハ」
すると同僚は「目の不自由な人にも聞こえるように音声を流してるんですね」と言いまして、私は初めてそれが、滝の音ではなく、多機能トイレだと気づきました。
多機能トイレ!? 分かりずらー!
ずっと、滝の音だと思ってた。
ユウコのお小水でアパートの外に追い出されて以来20年弱、女性のお小水の音は聞こえないようにするのがエチケットで、滝の音は神聖なもんくらい思ってたのに、、多機能だったかぁ。。
まあいい。そういえば、三姉妹が一斉に同時に話してもお互い理解できるのは、あれも、多機能な能力だと思う。
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