見出し画像

熱中症を霊障だと勘違いして母が死にかけた話


こんにちは。森田です。
少し長いですが、最後まで読んでいただければ幸いです。


じいちゃんの一周忌で青森へ

7月某日、母の父(祖父)が亡くなって1年のタイミングで母と墓参りに行くことにした。

普段遠方に住む僕たちはコロナの影響もあって一周忌に顔を出すことができず、少しでも落ち着いた時期に、僕と母の2人でお墓参りだけでも行こうということになった。

青森はこちらに比べて寒いだろうと、母は薄手の長袖シャツを着ていた。


最初のミス

僕がトイレに立ち寄ったせいで搭乗に遅れ、2人で重い荷物を持ちながら小走りで飛行機まで走った。

なんとか間に合ったが、長袖シャツ、マスク、慣れない小走りをしたせいで、母は「暑い」と言ってその場にあった航空パンフレットで自分を仰いでいた。

前日、祖父に会うのが(お墓だけど)楽しみであまり眠れなかったのと、朝早かったこともあり(仕事の都合上日帰りパツパツスケジュールだった)、疲れた母は飛行機で仮眠をとっていた。

青森に到着すると、天気は曇りだったが、思っていたよりじめっとしていた。

僕がタバコを吸いに行くと、母は「暑いのでアイスを食べたい」と言って珍しくガリガリくんを食べていた。

「息苦しいからマスクを早くとりたい」とも言っていた。

気にもとめなかった僕は「レンタカーに乗るまで少し我慢してね」と言った。

今思えば、違和感はここからあった。ここで気づくべきだった。


レンタカーで祖父の家へ

空港を出た僕たちはレンタカーで祖父の家へ向かった。

母は自分の運転じゃないと酔う人なので、母の運転で約2時間山道を走った。

信号のない山道を、休みなくくねくねと登り、「さすがに自分の運転でも酔って気持ち悪い。凍った水が飲みたい」と、コンビニに車を止めて持参した冷凍ペットボトルの水を飲んで、氷をバリバリ食べていた。

かわいそうだと思った僕はコンビニで梅昆布を買って母に渡したが、「昆布は苦手」と言ってすぐに吐き出していた。

祖父の家に到着すると、叔父の車に乗り換えてお墓参りと昼食を食べに行くことになった。母は人の運転が苦手だったが、せっかくならと乗せてもらうことにした。

叔父の車はエアコンが効きにくく、窓を全開にして車を走らせた。

墓地に到着する頃には天気も晴れていた。

お線香をあげて感慨深い顔をしながら「なかなか来れなくてごめんね」と、母は一生懸命に手を合わせていた。


お昼頃に異変が始まった

昼食のお店に到着すると、母は車酔いしたと言ってぐったりしていた。

「昼食は食べれそうにないので申し訳ないけどみんなで食べて。ここで休んでいるから。」と言って、お店の中と外の間くらいにあったベンチに腰掛けた。

僕は母が心配だったが、「せっかく食事に連れてってもらったのに申し訳ないので、あなたがちゃんとみんなとお話ししてきて」と耳打ちされ、母に酔い止めの薬を飲ませ、休ませている間に親戚と昼食をとることにした。

昼食から戻ると母はもっとぐったりしていた。

心配させると叔父さんたちに悪いと思う性格の母だったので、少しの間カフェで休んでもらい、僕が付き添うことにした。

休んでいたところも涼しくはなかったのと、長袖を着ていた母をみて、「これは車酔いではなく熱中症ではないか?」という考えが頭をよぎった。

長袖のシャツを脱がせようとしたが、母は大事なものだからとなぜか脱ぎたがらなかった。無理矢理脱がして、かき氷や水を飲ませても体調は悪化するばかりだった。(熱中症の脱水症状には塩分も必要です)

ついには朦朧とした顔で「吐きたい。吐けば楽になるかな。でも体が動かない。吐きたい。吐けば楽になるかな…」と同じ言葉を繰り返すようになった。さすがにおかしいと思い、無理矢理トイレへ連れて行くと、2〜3回苦しそうに吐いていた。

僕もどうしていいか分からず、どうして欲しいのかを母に聞いた。

「お店の人に涼しいところを借りて、横になる?それともここでもう少し吐けそうなら吐いてみる?それとも病院へ連れて行こうか?」

すると母は

「大丈夫。けど墓地に行ってから体がおかしい」と言い出した。


母の情緒が不安定になり始める

慣れない土地や人、体調不良、帰りの飛行機の時間のプレッシャーもあって精神的に不安定になったのか「お父さん(亡くなった祖父)が私の足に巻きついているかもしれない」と言い出した。

母の足はガチガチになって自分では動かせない状態になっていた。

確かに母はとても感受性の高い人で、病院や葬儀場などに行くと気分が悪くなる人だった。以前も火葬場で具合が悪くなり、突然泣き出したり、情緒が不安定になることがあった。多分そういう場所が苦手でどんなに体調が悪い時も病院には行きたがらなかった。

今思えばこれも熱中症の症状の一つ。僕も知っていたはずだった。
しかし情けない話、僕にはそれが車酔いなのか熱中症なのか、それとも本当に霊障なのか判断がつかなかった。

とにかくわかっていたことは、吐きすぎると脱水症状を起こしてしまうから水分を取らせなきゃいけないということだけだった。

パニックになっていた僕は母の言葉を鵜呑みにした。
落ち着いた頃に祖父の家に戻り、横になって休ませた。

母も一度そう思ってしまったら思い込みが強くなるのか、仏壇に向かって「帰らないといけないから、お父さんごめん、また来るから」と泣いていた。

異様な光景だった。

そこには僕を含めて3人の大人がいた。
でも誰1人として救急車を呼ぼうとしなかった。

誰もそれをどう判断すべきなのかをわかっていなかった。


結局母を連れ帰ることにした

少し具合が良くなった頃を見計らい、僕は母を乗せて空港へ帰ることにした。というか、どうしても今日中に帰りたいからそうしろと母に言われた。

多分どうしても自宅で休みたかったのと、次の日の僕の仕事を心配したんだと思う。

母を後部座席に乗せて、冷房をガンガンに冷やして車を走らせた。気休めだけど塩も買って母にかけてみた。一向に状況は良くならなかった。

母は具合が悪くて、ずっとうなされていた。時々見たこともない虚な目をする母を見て本当に何かに取り憑かれているんじゃないかと怖くなった。心の中で「おじいちゃんもうやめてあげて」と何度も願った。

吐いては休憩し、吐いては休憩しを繰り返しながら、空港へ向かった。こんなに弱った母を見るのは初めてだった。帰りの道中、このまま病院に連れて行くべきなのか、お寺に行って見てもらうのか、ホテルを借りて一晩休ませるのか、どうするべきなのかが頭の中をぐるぐるしたが、とにかく今は一刻も早く家に帰してあげることがベストな選択だと思い、無我夢中で車を走らせた。車酔いの可能性もあったので山道は慎重に下った。


自宅へ

空港に着く頃には少し体調が回復していた母を連れて、自宅へ戻った。

(この時母の症状は霊障か、車酔いか、熱中症だと思っていましたが、今思えば体調不良の人を、特にこの時期に飛行機に乗せるのは母にも周りの人にもリスクがあったなと反省しています)

自宅に帰るころには、飛行機と車酔いのせいなのか、それとも緊張の糸が緩んだせいか、また体調が悪化していた。霊障だと思い込んでいる母はもっと不安定な状態になっていて、「今日連れていかれるかもしれない。でも〇〇(私)と○○(弟)を残していけない…」と泣き出した。本当に死を感じたんだと思う。

一旦母をベットに落ち着かせ、休ませたあと、冷静だった父と今日1日に起きたことを整理した。

「最初は軽度の熱中症が発症し、寝不足と疲れもあって車酔いが拍車をかけ、体調が悪い状態でお墓に行き、思い込みをしたことで精神的にも肉体的にも参ってしまったんだろう」という結論に達した。

今からでも救急車を呼ぼうとしたが、安心できる自宅で体を冷やし、水分をとったことで母も冷静に話せるようになった。たしかにあれは熱中症だったと母自身も理解し始めた。この時時刻は24時。

最初の違和感から15時間以上経過していた。
その間も、私や親戚に心配をかけまいとたくさん我慢したんだと思う。



母が生きていたのは幸いだった

今改めて冷静にあの時を振り返ると、どうするべきだったのか、違和感に気付けるポイントはたくさんありました。

なぜもっと早く気づいてあげられなかったのか。なぜもっと早く判断し適切に行動できなかったのか。

本当に情けないけれど、あの時の自分はパニックに陥り、正常な判断ができない状態になっていました。

一歩間違えば母は死んでいたかもしれない。本当にゾッとします。

私は今年26歳を迎える大人です。それなのに母の前では子供でした。あの状況に直面した時、母にどうして欲しいかを聞くことしかできませんでした。

どこかでうちの母親は若いからまだ大丈夫だろうと盲信していたところがありました。(母は47歳)

それでも今回の件で、今度は私も母や家族を守っていく立場にならなければいけないことを理解しました。

あの時の判断や行動にたくさんの後悔や反省は残りますが、その時その場にいた誰1人として適切な判断ができなかったこともまた事実です。

ここまで読んでいただき、様々なお声があると思いますが、同じ思いをする人を少しでも減らすことができればと思い、今回の事を記事にまとめることにしました。

【私がやればよかったと後悔していること】
・少しでもおかしいと感じたらすぐに病院へ相談すること
→母は中度の熱中症で、救急を呼ぶべき状態でした。
 分からなければまずは電話でもいいので指示を仰ぐべきでした。

・症状や軽度をしっかり把握し、まずはネットでもいいので調べてみる
→自分の知っている知識のみで判断をしようとしていました

・体調不良者の「大丈夫」は過信しない
・指示判断は体調不良者だけに任せずに必ずそばにいる人が客観的に判断する(感情より状況を見て判断する)
・判断ができない時は誰かに相談する
→私はなぜ父にもっと早く連絡をしなかったのか後悔しています。父なら私よりも客観的に判断できたはず。

・体調不良になった人自身の心のケアもできる限り行う
→母も慣れない土地で不安だったと思います。ネガティブにならないようもっと声かけをするべきでした

これは今回の件で私が感じた反省点です。頭ではわかっているつもりでしたが、実際にその状況に立ち会うと想像以上にどうしたらいいのか分からなくなります。

年齢的に考えれば、私は今後も母の何かしらの病気のSOSに立ち会う可能性があります。
少しでも後悔のない対応ができるよう、この出来事を心に止めておきます。


【熱中症の疑いがある場合は】

素人の私が対策を書くのも良くないと思うのでサイトを引用させていただきます。
こちらの記事が参考になりました。ぜひ一読頂きたいです。

私の母の場合、
①吐き気やめまい
②水分を補給しても繰り返し嘔吐する
③足が動かなくなる
④頭痛
⑤倦怠感・意識が虚ろになる
⑥呼吸が苦しい(マスクのせいもあるかも)

などの症状が起きました。個人差があると思いますが、少しでもおかしいと思ったらこまめに休憩をとったり、病院に相談をして欲しいです。

今回は熱中症に立ち会った私の視点で記事を書きました。主観もあるため、全てが正しいとは言えないかもしれませんが、リアルを伝えたつもりです。一意見として取り入れて頂ければ嬉しいです。

毎年多くの方が熱中症の被害にあっています。
悲しい思いをする方が少しでも減ることを祈っています。


最後に

母が頑なに脱がなかった長袖のシャツは、父曰く、母が生前祖父にプレゼントされたものだったようです。

また霊感がある友人に母の写真を見てもらったところ、「たしかに憑いているけど、寄り添っているように見えるから心配しなくていいよ」と言われました。

霊や霊障というものが本当に存在するのか、私にはわかりません。
でもそれが本当なら、母に寄り添っていてくれたのは祖父だったのかもしれません。

それなのに「やめてあげて!」と思ってしまってごめんなさい。おじいちゃん。





この記事が参加している募集

最近の学び

振り返りnote

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?