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ブラッシュアップ童話<その1>森のほとりで会いましょう。

こちらの文章はブラッシュアップ作業中(読者と一緒に文章を推敲していく試み)の未完成な童話です。ブラッシュアップの参加方法はこちらをお読みください。説明投稿

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ここは北国のとある森の中。ここに織りなすのはこの森にまつわるストーリー。
物語の中には、大人のあなたが忘れてしまった何かがきっと落ちている。

題名 森のほとりで会いましょう。


森を歩き回って数時間経つ。日曜日、昼下がり、少しの散歩のつもりがずいぶん遠くまで来てしまったようだ。家からこんなに近くに豊かな森があるとは知らなかった。

気がつけば森の中の湖のほとりに立っていた。野球場くらいの小さな湖だ。静かにたゆたう水面に見惚れて私の歩みは止まる。

対岸に一人の男がいることに気がついた。静かな湖面に竿を垂らしている。目があったような気がして会釈をすると男もゆるりと笑った。傍には尾っぽの豊かなキツネが座っている。キツネは私を見つけると尾を振りながら側まで走ってきた。触ることは躊躇われたが、聡明な顔立ちでその眼差しには親しみが溢れている。私の手前3mの位置で座り、私と見つめ合う格好になった。ふいにキツネの方が目を逸らし森の方へ歩みだした。

「どこへ行くの?」その好奇心が止められない。顔を上げると湖畔の男はもういなかった。私はキツネの後をついて行った。

やがて1軒の小屋にたどり着いた。森の奥に佇むその小屋の煙突からはもうもうと白い煙が上がり、とてもこうばしい香りが森に染み込んでいる。キツネは「どうぞお入りなさい」と小屋の扉を開ける。すると中には珈琲の香りがむせかえるほどに充満していた。小屋の中は使い込まれた道具が所狭しと並べてあり、その道具たちは古びているが使い込まれ丁寧に管理されているのが一目でわかった。小屋の奥で先ほどの男が一人、大きな窯で珈琲豆を焼いていた。窯の中で珈琲豆が踊るシャンシャンという音が鳴り響いている。私は呆然とその光景を見ていた。やがて窯から焼けた珈琲豆が取り出される。その煙にまかれて一瞬何も見えなくなったかと思うと、男が近くに来ていた。
「こんな森の中までようこそ」男は歩き疲れた私のために椅子をすすめ、焼きたての豆で一杯の珈琲を淹れてくれた。ヤカンからもうもうと湯気が上がり、粉に挽かれた豆からは格別な香りが漂う。そうっと、時にクルクルと手早くお湯を注ぐ。ヤカンを細かく動かし珈琲を抽出するその所作に見惚れる。手渡された陶器のコップは滑らかで手に馴染んだ。黒い液体を覗き込むと液面を這う白いささやかな湯気の向こうに私が映っている。「自分はこんな顔をしていただろうか」という気持ちになり、ふうっと湯気を吹き、もう一度凝視する。すると昨日の自分がそこには映っていた。

昨日の出来事を珈琲は映す。

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「事務員さん、これ郵便お願いね。」
事務員さん。それが私の職場での呼び名だ。名前で私を呼ぶ者はここにはいない。小さな事務室の一角で私はパソコンに向かいひたすら数字を打ち続けている。別に構わない。私は仕事中は心を殺すことに決めている。お金をもらうことが目的の職場で自分を曝け出す必要などないのだ。やっと時計の針が18時を指し、さっと席を立つ。「お疲れ様でしたぁ」の合唱に混ざってそそくさと職場を出る。
いつもの居酒屋で彼を待つ。今日はいいかげん両親への挨拶の日にちを決めたいと思っている。「お疲れぇ」といつもの通りちょっと遅れて彼が到着。自分の好きなものばかり頼んで、さっきから延々仕事の愚痴とも自慢とも言えない、弱い相手にしか出さない絶妙な自分語りを繰り広げている。なかなか挨拶の日取りの話を出せない。
やっと話疲れたのか「まぁ、お前に言ってもわかんないか」とヘラっと笑って話は終了した。その時ハッとした。この人今夜、一度も私を名前で呼んでいない・・・。
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「そうか、あのとき私は傷ついていたんだ」
やっと自分の心に気づいて、それをかき消すようにぐいっと珈琲を飲む。珈琲は私を落ち着かせてくれた。飲んだ後に出たため息は、一際深かった。あっという間に飲み干した私に男は微笑む。

小屋を出るとき、男は珈琲豆を紙袋に詰めて持たせてくれた。
外に出て帰り道を探す。キツネはもういない。思うままに歩みを進めると、あっさりと森を抜けて自宅にたどり着くことができた。
振り返り、あの場所は本当にあったのだろうかという気持ちになる。カバンの中には確かに珈琲豆がある。封を開けると、あの森でかいだ香りがふわりと湧き上がり、私を不思議な気持ちにさせるのだった。

それ以来珈琲を飲む時、あの森が脳裏に蘇る。

後日居酒屋の例の彼とはお別れした。私は私を大切にしたい。それを邪魔するものはいらないのだ。
自分の心が見えなくなったら、また珈琲を覗き込んでみよう。

「また、森のほとりで会いましょう。」
森の男の最後の言葉だ。
自分に帰りたくなった時、森はいつもそこにある。


END

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