高校生が8歳サバ読んでタコ部屋で1ヶ月働いた話②


↑前編


労働福祉センターのドン小西曰く、
「うち経由で就労する場合は、就労前に1時間程度の研修を受けてもらいます。せやし、明日の朝10時にまた来て。あと、作業着は持ってる?長袖長ズボンとヘルメットは最低限要るし、用意しときや」
との事だったので、買い物がてら西成を散策する事にした。

 1泊1200円の宿を見つけてチェックイン。湿気た4帖に布団だけの簡素な部屋でも、路上生活を覚悟していた僕にとって、天井と壁に守られて1200円は安かった。


 宿にキャリーケースを置いて身軽になり、ドヤ街を歩く。町のどこを見ても路上生活者が跋扈し、大小様々の段ボールハウスが建ち並ぶ様子は壮観だった。

 パンツ1丁のおじさんもいれば、路上に座り込んで昼間から飲み会を開いているおじさんグループもいる。特にパンチが強かったのは、年齢不詳の天然ドレッドおじさん。何年風呂に入っていないのか、顔は煤を被ったように汚れ、目は窪み、脂と埃で絡まった長髪を地面に引き摺って歩いていた。その髪を敷き布団代わりに寝ているのだろう、首から背中に掛けて髪が板状に固まっていて、元の色が分からないほど汚れたズボンの尻は破れて生ケツを露出していた。

 高い柵で囲まれた警察署もあって、棒を持った門番が二人立っているにも関わらず、その角を曲がってすぐの路上では白昼堂々、丁半賭場を開帳している。自転車で巡回している二人組の警察官が「最悪や、終わっとる」と呟くのが不自然な程はっきり聞こえた。たぶん、「健康で文化的な最低限度の生活」を送っている公務員とそうでない人間の話す言葉では背景が違いすぎて、異邦人の僕には別種の言語に聞こえるのだろう。

 JRの高架沿いでは最悪なフリーマーケット、つまり闇市が開かれていた。
 明らかに拾い物、もしくは盗難品だろう種々の実用品や小物。パッケージにハングルが印字されたタバコ。1枚100円の海賊版アダルトDVDなど、1日潰せてしまいそうなラインナップだ。つい手を伸ばしそうになるが、明日の食事の見通しもない手前、無駄遣いは控えた。昼食は6個で100円のたこ焼き。本場の破格に感動したが、いざ食べてみると蛸の代わりに細切れの蒟蒻が入っていた。

 ひと通り探索を終え、目的の作業着を買いに行く。闇市では体型に合うものが見つけられず、諦めて商店街の衣料品店で一式揃えた。これで残金2000円。仕事探しを急がなければ、明後日には路上生活だ。


 その日の晩は宿に戻り、コスパ最強・スーパー玉出で買った惣菜を食べた。9階の部屋の窓を開けると、すぐ目の前に通天閣があった。昼間は路上の景色に圧倒されて上を見上げる事がなかったが、こんなに近いのか。こんなに近いのに、僕が居る西成と通天閣が立つ新世界の間には大きな隔たりがあるように思えた。それほど西成は僕にとって異世界で、不思議と僕は西成を好きになっていた。

 臭くて汚くて、綺麗であろうとしない路上生活者達。人目を憚らず、ケツは曝け出し、各々の方法で日銭を稼いで、窪んだ目で酒を飲み、汚い言葉で笑うのだ。校則に雁字搦めにされていたつい先日までの僕に比べると、なんと清楚なんだろう。おからをひとちりも残さず完食して、いつもより300円安いタバコの煙と一緒に、町に漂うアンモニア臭を吸い込んだ。


 とは言いつつ、すすんで落ちぶれようとは思っていない。僕は仕事を探す。
 研修の予定は10時だが、僕は朝5時に卸し立ての作業着に着替え、センター1階の社交場を見物に行った。

 昼間とは打って変わり、早朝のピロティは魚市場の如く賑わっていた。
 乗り入れた現場直行ワゴンのフロントガラスに張り出されたカードには「9月○日~×日 日給11000円 寮完備」と言う具合に待遇が記載されていて、求職者達はその条件を元に雇用主と交渉する。
 求職者達は50代以上が多いように見えたが、中には若者や、下手したら僕より年下に見える少年達のグループも居た。募集している仕事の多くは肉体労働だから、雇用主が欲しがるのは体力のありそうな若者で、実年齢17歳の僕は代わる代わる声を掛けられる。

 研修の予定があるので体よく断りつつ、いくつか情報を得た。
 最近は1日単発の仕事が少なく、数日~数週間の泊まり込みの募集が多い事。
 割のいい仕事は雇用主の馴染みのドカタが持って行くから、一見さんは仕事は選び辛いという事。
 たまにある日当2万円を超す高額の募集は高確率で、前年起こった原発事故の後処理作業だという事。
 原発作業はまさに地獄で、日雇い労働者は最悪死んでも良いと思われているから注意しなければならない事。
 2012年9月、震災の影響は西成にも及んでいた。

 冷やかしすぎても睨まれるので、早めに退散して宿に戻る。朝食は、路上で売られていたおにぎりとゆで卵のセット。100円。おいしい。


 朝10時、就労前研修のため改めてセンターの2階に向かった。
 安全対策のDVDを観て、現場でよく使われる用語などを一通り頭に入れる。

 研修が終わると、担当のドン小西が言った。
「ちょうど、京都の人夫出しの会社が住み込みの作業員募集してんねん。寮と食事付き。どうや?」
「人夫出しって何ですか?」
「人夫っていうのは、現場で職人のサポートする仕事や。物を運んだりがメインで、特別な技術は要らへん。言ってしまえばドカタやな。人夫出しって言うのは、色んな取引先の現場に人夫を手配する、ドカタの派遣会社みたいなもんや」

 本当は西成を拠点に単発の日雇いで食い繋ぎたかったが、朝に聞いた通り、今は仕事を選んでいる場合ではないかもしれない。それに、寮・食事付きは大きい。路上で寝ずに済む。
 何より、京都の会社という点に惹かれた。僕の志望校は京都にあって、オープンキャンパスに何度も訪れていた。
 不思議な縁を感じ、「やります」と即答した。

 そこからはトントン拍子で、ドン小西に謝意と別れを告げ、電車で京都・宇治に向かった。ここまで、西成に到着してから丸一日。あまりのスムーズさにかえって拍子抜けする。

 さらば西成。良い所だった。次はたくさんお金を持ってきて、最悪マーケットで豪遊しよう。海賊版アダルトDVDを買い占めてやるんだ。

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