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人生は意外なところで繋がっている

もはやそれは呪文

もうすっかり春ですね。

卒業、入学、新生活、出会いと別れ。
そんな日本にとっては特別は季節、「春」

ところで、学生の頃に覚えたことが、頭の中で呪文のように残っていることってありませんか?
それが何だったのかは覚えてないのだけれど、小気味良く口ずさめる。その言葉の意味も分からないから、もはや呪文。

私の呪文はこれだ。

マウリヤクシャーナグプタヴァルダナ

高校2年で、地理・日本史・世界史から1つ選ぶという選択制の高校だった。かなりふくよかな体格の世界史の教師(以下、ヤマダと呼ぶ。呼び捨てで読んでいたとは、なんと生意気な生徒だ。)を私が一方的に慕ってた為、迷わず世界史を選択した。
というだけではなく、教科の中で世界史が一番好きだった。
私の高校時代の部屋の壁は、人気アイドルのポスターで貼り巡らされているキラキラとしたものとはかけ離れていた。
ベッド横の壁一面にびっしりと、世界四大文明~現代史までの世界史の年表が貼られていた。

気になったらいつでもすぐ見れるように。

どう考えてもちょっとおかしい女子高生の部屋だ。
今考えても、男の子が近寄るはずがないと確信できる。(笑)

年表が好きだったのは、時間軸で大陸や国の情勢や文化の動きを比較したり、違う国同士が繋がり、混ざり合っていく様を見ることができるからだった。そのワクワク感だけは覚えている。内容の記憶は皆無だ。センター試験終了とともに頭から突然消えていった。(笑)

ちょっと脱線したので、話を呪文に戻す。

「マウリヤクシャーナグプタヴァルダナ」

ヤマダの低温ボイスで唱えられるこの呪文がなんなのか、ちょっと気になって調べてみた。

すると、

インドの4王朝の変遷順だった。

マウリヤ朝
クシャーナ朝
グプタ朝
ヴァルダナ朝

インド統一を目指し繁栄した4つの王朝。
あ、そうだ。
遠い記憶が波のように蘇ってきた。

スパイスの大陸移動説(私の勝手な仮説)

前回の魯肉飯の話の時に、インド原産のスパイスが中華料理でも使われている話をした。中華料理の歴史は深い。中国4千年の歴史というほどだ。
いつ、だれが持ち込んだのだろう。
どうやって?何のために?
見たこともない、未知の香りのする植物の一部をなぜ料理に使おうと思ったのだろう…

マウリヤ朝(前317〜前180)

マウリヤ朝

チャンドラグプタはナンダ朝からマガダの王位を奪い、アレクサンドロス3世の死後の混乱状態にあったインダス川流域からギリシア勢力を一掃した。
アショーカ王(前268〜前232)の時代に全盛期を迎えたが、仏教への信仰を深めるとともに、武力を放棄し、万人の守るべき理法(ダルマ)による統治を理想として掲げるにいたった。

世界の歴史まっぷ

クシャーナ朝(1世紀ごろ〜375年)

クシャーナ朝

イラン系の民族クシャーナ族(貴霜きそう)は、かつて大月氏がバクトリア地方などにおいた5諸侯のひとつをだしていたが、1世紀後半クシャーナ朝初代君主クジュラ・カドフィセス(丘就卻)と第3代君主ヴィマ・カドフィセスの時代に強力となり、他の諸侯を倒して南下し西北インドを征服。2世紀半ばの第4代君主カニシカ1世の時代が最盛期で、その領域は南はガンジス川の中流域におよび、北は中央アジアで後漢と接していた。また首都をガンダーラ地方のプルシャプラ(現ペシャーワル)におき、漢とローマを結ぶ交通路の中央を押さえて経済的にも栄えた。3世紀にササン朝に圧迫されて衰え、一時復興したが(キダーラ朝)、5世紀末ころ新たにおこったエフタル民族に滅ぼされた。

世界の歴史まっぷ

この「クシャーナ朝」に注目したい。
クシャーナ朝は前王朝のマウリヤ朝と領土が大きく異なる。
クシャーナ朝は東西交易で栄えた。首都プルシャプラは中国とローマを結ぶ交易路の中央を抑えていた。

同時期に反映していたサータヴァーハナ朝(紀元前2世紀頃〜3世紀)では、海路も確立していく。

恐らくこの貿易がインドのスパイスが西へ東へともたらされていく初動だったのではないだろうか?(季節風貿易)
大航海時代よりもっともっと前の1世紀の頃に始まったスパイスの世界旅。

ここまで遡るんだ…
その時代の人々の暮らしに想いを馳せる。


ヤマダ、ありがとう。
役に立ってるよ。
あの頃には1000%予想してない形で。

ONOMICHI

きっと今、この瞬間の経験も未来の自分に繋がっているんだと思う。
どんな形であれ。何がどう繋がるかは誰にも分からない。
でもそれが面白い。
だから今を全力で生きよう!楽しもう!

GOOD SPICE!!GOOD HEART!!


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