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通訳案内士日記/主婦から通訳案内士へ 50代、60代からの第2の人生

こんばんは。通訳案内士のもりゆみです。

わたしにはnote以外にも長年ほそぼそとつづけているブログがありまして、通訳案内士の仕事を始めて1〜2年はとりつかれたようにものすごい勢いで記事を書いていました。そこで、そのブログから反応が多かったり、自分で気に入っている記事をnoteにも転載していってみようかな、と考えています。

ということで、今回は「主婦から通訳案内士へ 50代、60代からの第2の人生」という記事を選びました。

この記事は2018年3月にブログにアップしたのですが、いまだに読んでくださる方がいらっしゃるようです。いまは卒業してしまった旅行会社の研修で、同室だった仲間に話を聞いてとても感動したときのことを書いたのですが、同じように感じてくださる方が多かったのかな、と嬉しく感じています。

ぜひ読んでみていただけると嬉しいです。


「主婦から通訳案内士へ 50代、60代からの第2の人生」

「これは、わたしにとって第2の人生なの」「この歳になって、まさかこういう仕事をするようになるとはまったく思ってなかった」

おはようございます。一昨日の夜、伊勢、鳥羽、奈良、京都でのトレーニング(某米系旅行会社が主催+自主研修+下見)を終え、自宅に戻りました。得た学びはいろいろあるのだけど、同僚と同室での宿泊だったので、夜な夜なおしゃべりすることで同僚との仲がさらに一歩深まったのも大きな収穫でした:):)

冒頭の言葉は、3日間同室だった同僚から聞いたこと。

彼女は60代半ばで、わたしの母と同世代。ミッションスクール系の大学で英文科専攻だったためそこそこ英語はできたものの、卒業後数年間お勤めをした以外はずっと働いてこなかったという。育児に追われていた期間はもちろんのこと、それ以外も家庭の事情で自分の時間を持ったことはほとんどなかったとか。

「このままわたしの人生も終わっていくのかな」と感じていた50代、ひょんなことからわずかな時間の自由を得られることになったとき、「自分のためになることをしたい」と30年ぶりに英語の勉強を再開。通っていた学校のクラスメートが目指していた通訳案内士の試験を受けてみることにしたら、何度かの挑戦のあと、見事合格。

彼女の話を京都のホテルの一室で聴きながら、ひたひたと押し寄せてくる感動で身体が震えるようだった。

彼女の境遇は、もしかしたら彼女の年代の女性には珍しくないのかもしれない。男女雇用機会均等法施行以前では、そもそも女性にとって仕事は結婚前の数年前にちょこっとするものでしかなかったという話も聞く。でも、同僚という関係性で直接その話を聞くと、彼女の境遇は衝撃的だった。

そして同時に思うのは、彼女が第2の人生を謳歌できる場があって、本当によかったということ。

通訳案内士という職業は、少なくとも日本の労働マーケットにおいては、他に類を見ないくらい多様なひとたちを受けいれていると思う。

今回のトレーニングの参加者でも、ボリュームゾーンの年齢層は50〜60代。業界全体を見渡せば30〜40年選手の大ベテランの方もいらっしゃるけれど、このトレーニングを主催した米系旅行会社に限っていえば、経験年数が浅めのひとがほとんど。ということは、40〜60代でこの仕事を始めている、ということ。彼女のように20代前半に2〜3年間会社勤めをした以降、30〜40年働いてこなかったという経歴の持ち主だって、旅行会社が求める志向とスキルを持っていさえすれば、仕事を得ることができる。

業務を遂行するために充分な英語力が必要とされ、それでいて生計を担うには経済的に不安定という、通訳案内士という仕事だからこそ、間口を広げなければ人材が確保できないという事情が旅行会社側には、もちろんある。インバウンドマーケットが急速に伸びている今、いつまでこの状況が続くかはわからない。

でも、もしこの状況が他の業界、職業にも広がっていき、本人次第でいくつになっても第2、第3の人生を始められる社会だったら、どんなにいいだろう。

50代、60代になっても、未知の世界に果敢に飛び込んだ彼女を始めとする仕事仲間たちを、わたしは本当に尊敬しているし、彼らのように歳を重ねていきたいと心から思う。

元記事はこちら→「主婦から通訳案内士へ 50代、60代からの第2の人生



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