見出し画像

マレーシアで洗浄機能付き便座が普及しない理由

マレーシア在住32年になりますが、ほぼ5年に1度くらいの割合で、日本の企業からマレーシアで洗浄機能付き便座を売りたいという相談があり、そのたび市場調査やマレーシアの人々の生活習慣の分析を行ってきました。洗浄機能付き便座に関する情報は、あまり語られることのない人間の排泄に関することなので、マレーシアの情報が知られていません。本稿では、日本人がほとんど知らないマレーシアのトイレの習慣からマレーシアで洗浄機能付き便座が普及しない理由を説明します。

1.イスラム教徒の男性は小便をした後、ペニスを水で洗わなければならない

男性の私が、女性の小便後の決まりについて、イスラム教徒の女性に話を聞くことは、宗教的にも倫理的にもタブーとされていることなので、本稿では男性についてのみ書くことにします。

マレーシア在住10年目くらいの時、雑居ビルの中にあったお客さんの事務所を訪問した後、その階のトイレに行った時、驚くべき光景を目にしました。トイレの洗面台で、マレー系の男性がペニスを洗っていたのです。その男性と目が合った私に、彼はニヤッと微笑み、すぐにペニスをズボンの中にしまい、手も洗わず、そそくさとトイレを後にしました。


数日後、私のマレー系の男性の友人にその話をすると、「他に誰もいなければ、俺も時々そうするよ」と言うのです。手を洗う、時には人が口を濯いだり、顔を洗ったりもするかもしれない場所で、ペニスを洗うなど、気狂いか変態のすることだと思った私は、ごく正常にしか見えないマレー系の友人が自分も時々ペニスを洗面台で洗うと聞いてびっくりしてしまいました。彼の話だと、イスラム教徒の男性は小便をした後、必ず水でペニスを洗うことが宗教上義務付けられていて、大便器で小便をした時には、トイレの中にあるホースで洗い、小便器の場合は、小便をした後に流す水を左手で掬ってペニスを洗うとのことでした。小便器で水の流れがゆるかったり、流れない場合、大便器の方に行ってホースで洗うか、トイレに他の人がいなければ洗面台で洗うのだそうです。

つまり洗浄機能付き便座では大便後のお尻は洗えても、男性の小便後にペニスを洗うことができないので機能が十分ではないことになり、それがマレーシアの人口の7割を占めるイスラム教徒の間で洗浄機能付き便座が普及しない理由の1つになっています。

2.小便の時にも大便器を使うことを好むマレーシア人男性

マレーシアでは民族に関係なく、多くの男性が小便のみでトイレを使用する時でも、大便器を利用します。イスラム教徒の場合、小便後にペニスを洗う必要があるので、小便器で十分な水が得られない時、大便器の方まで行って洗うのは2度手間になること、あるいは小便器の便器に流れる水を掬うのが汚いと感じること、また、小便後にペニスを洗っているのが他の人に見えてしまうのが嫌なことなどで、小便をする時でも個室の大便器を使います。また中華系やインド系の人は小便後にペニスを洗う必要はありませんが、横の人にペニスを覗かれるのを避けるために、大便器を利用する人が多いようです。

3.大便器で小便をする男性の悪い習慣

大便器で小便をするマレーシアの男性の非常に悪い習慣は、多くの人が便座を上げずに立ち小便をすることです。つまり便座を小便でびしょびしょにするのです。小便でびしょびしょになった便座にそのまま座る人はないので、そこで活躍するのが、トイレの中にあるホースです。ホースの水で便座の上の小便を流し、トイレットペーパーで便座を拭いて、やっと腰掛けることができます。便座の上の小便を水で流しても汚いと感じる人は、便座の上にしゃがんで用を足します。その結果、靴型がついている便座も時々見かえます。そのため、しゃがんでせずに、腰掛けてするようにとの絵の表示があるトイレもあります。


因みに中華系の女性に聞いた話では、マレーシアの女性のトイレも便座が汚れていることが多く、そのまま座ることはできないので、ホースで洗うか、ホースがない時は、中腰で用を足すか、便座の上にしゃがんで用を足すとのことです。

4.トイレにはホースが必需品

マレーシアでは、特に男性トイレの便座は常に小便で汚れるので、トイレにホースは必需品です。またマレーシアのトイレは日本と違って床には必ず排水口があり、ホースで洗い流した水は床に溜まることなく、流れていく仕組みになっています。家庭には日本同様、小便器の設置はなく、大便器だけで、それもほとんどの場合、トレイとシャワーが一緒の場所にありますので、シャワーの水とトイレを洗った水は同じ床を流れ、排水口に流れていきます。

ホースがあれば、洗浄機能付き便座がなくても、大便後のお尻の洗浄はできるので、現実問題として、洗浄機能付き便座は必要ないということになります。


4.お湯はいらない、お尻を手で洗うことに抵抗がない

マレーシアは常夏の国なので、お尻の洗浄のために温水は必要ありません。洗浄機能付き便座の売りの1つの温水機能や暖房便座は不必要です。

また日本人の場合、大便をした後、手を使って、ホースから出る水でお尻を洗う時に、大便に触れることに抵抗がある人が多いと思いますが、マレーシア人は子供の頃から水と左手でお尻を洗ってきたので、そのこと自体に抵抗感はありません。日本では「おむつを替えてやった」ことが子供の頃世話をしたことの表現になっていますが、マレーシアやインドネシアでは「お尻を洗ってやったこと」がその表現になっています。小学生に上がるくらいまで、子供が大便をした後、「お母さん」「おばちゃん」「おばあちゃん」「お兄ちゃん」「おねいちゃん」を呼んで、お尻を洗ってもらう習慣があります。

5.市場について

マレーシアでは1980年台の終わりくらいから、日本のメーカーが洗浄機能付き便座の売り込みを試みてきました。最初は日本のものそのものを持ち込みましたが、マレーシアが常夏ということで温水機能、暖房便座を廃止し、水圧でノズルをコントロールする無電源便座が売られるようになり、一時期、日系メーカー数社がRM1,000からRM2,000くらいの価格帯で無電源便座を販売しました。一部のショッピングモールやホテルでの導入はありましたが、ホースに比べると故障が多く、人々から使い勝手が悪いとの苦情があり、それら導入した施設も多くがホースに戻しています。新規の高級コンドミニアムのプロジェクトへの売り込みも行われましたが、オプションとしての採用はあっても、全館設置をしたプロジェクトはないと思われます。また日系メーカーの洗浄機能付き便座を真似て、簡易かつ安価な洗浄機能付き便座がRM50から100で売り出されましたが、今ではほとんどホームセンターなどから姿を消しました。

6.結論

残念ながら、洗浄機能付き便座は、気候変動でマレーシアが温帯になるなどの劇的な環境の変化がない限り、日本のようには普及しないと思われます。日本人が便利、快適と思うものでも、必ずしも、海外の人にはさし迫った必要とされていないモノの1つが洗浄機能付き便座であると思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?