2024.4.6 新日本プロレス SAKURA GENESIS 2024 試合雑感

◼️第6試合 60分1本勝負
IWGPジュニアヘビー級選手権試合
SHO vs YOH

これほどプロレスの「残酷さ」を思い知った試合もそうはないです。わずか1分足らずでYOHの左肩の負傷によって鳴った無情のゴング。これは……ちょっと言葉が出ませんね。無理をさせずに止めたことには安堵しましたが、これだけ機運が盛り上がった試合がこうした形で終わったのは非常に心苦しく、誰も責められない試合であるとも思います。

次がある。そう信じてはいますが怪我というのは怖いもので、次がある保証はどこにもないのです。ひょっとしたらこれで終わってしまうかもしれない。そんな危険性は常に隣り合わせであり、だからこそこうしたことを安易にリング上での出来事として受け入れられない。その心理もわかります。試合後の二人の涙は志半ばで対決が途絶えたことの悔しさが非常に伝わってきましたし、無念なのはYOHだけでなくSHOも同様です。プロレスを完遂できなかった。相手を倒し切れなかった「やるせなさ」は共通の感情なのですから。その後に乱入してきたDOUKIや藤田で場としては収まったと思いますが、正直な話自分はかなり引きずってしまいました。

でも、それでも次はあるんですよ。今回のようなシチュエーションは二度とない。それは残念ではあるのですが、今回の件は確実に二人の遺恨や物語としての厚みを増したと思いますし、これも糧にして貪欲に二人の物語を編み上げていって欲しいなと感じます。少しだけ救われたのはYOHに対するバッシングが確認した範囲ではほとんど見当たらなかったことで、それはここまで積み上げてきた財産でもあるのでしょう。次はより大きい舞台で、よりハードに。二人の物語が広がることを祈ります。

◼️第7試合 30分1本勝負
スペシャルタッグマッチ
海野&モクスリー  vs ジャック・ペリー&成田

海野はまだ色々と足りない部分が目立ちますが、ことストーリーテラーとしては申し分ないですね。批判が多いのもそれはひとえに目に入りやすいからというのも大いに関係しており、存在感はあるんですよ。これは確かに天性のものであり、後天的に会得するのは難しい類のギフトであるとも思います。ただ、それは個の発信力だけでなく団体側に優遇されているからこその目立ちっぷりというのもあるので、今後この辺にどう折り合いをつけつつ、試合内容の向上を図るかが課題の一つではありますね。

しかしながら蓋を開けてみれば良くも悪くもモクスリー劇場といった印象で、まさに劇薬に等しい暴れ回りっぷりでした。モクスリーは喧嘩屋ですが、スタイルとしてはどことなく無形に近い感じがあり、その場に置いて最適な技を臆面もなくサラッと繰り出す「読めなさ」が一つの魅力であるとも思います。良くも悪くもキャラに縛られていたWWEのアンブローズ時代よりも今のほうが当たり前な話ですが格は上で、スキンヘッドになったことによる「凄み」は増しているせいか、文字通りの狂犬に近い暴走ぶりでした。

これによって本来の軸である海野vsジャック・ペリーの抗争はやや霞んでしまった印象も受けますし、海野は対外国人選手との噛み合いが思った以上にしっくりきていたため、この辺の印象が全部モクスリー に塗り潰されたのはやや残念ではありました。言葉を変えればto be continuedなのでしょうが、そう捉えるには若干の物足りなさがあったのも事実です。

あと海野はアピール過多な印象があるのですが、この試合に限っては悪い方向に作用してしまったというか……黙々と相手を痛ぶるモクスリーと対比させての盛り上げではあると思うのですが、あまりにモクスリーが自由奔放かつ強すぎたのもあってか「賑やかし」になってしまったのはいただけないですね。なまじ海野の存在感が喰われてなかっただけにかえってアピールのみ過剰に浮いてしまった感じがあり、軽薄な印象が先走ってしまったのは少し残念ではありました。単なるシーンごとの印象だけでなく、技や試合の部分で主導権を握って欲しかったかなと思います。

最後はモクスリーがデスライダーで成田を一蹴。現状だと海野とモクスリーのタッグは存在感は華があるものの、モクスリーを押しのけるほどに海野が目立つようなエゴイスティックさを見たかったなと思いました。ただ、入場時のバックステージから海野が扉を開けて会場に出ようとした時の、あの瞬間の「スイッチ」が入った感じは素晴らしく、パフォーマンス先行と言われつつもこの部分に関しては間違いなく新世代の中で抜きん出ているとは思います。あとは実利的な部分をもう少し鍛える感じですかねえ。

◼️第9試合 60分1本勝負
IWGP世界ヘビー級選手権試合
内藤哲也 vs 辻陽太

シングルプレイヤーとしての登竜門でもあるNJC優勝を果たし、完全に新世代から飛び抜けた形になった辻陽太。過去を振り返ってもG1のリーグ戦以外でこうした同門対決が王座戦となった例はあまりなく、辻の勢いもあってか戦前の世代交代への期待感はかなり高まっていましたね。

それを裏付ける理由の一つはやはり内藤のコンディションの問題があり、前回のSANADA戦はクライマックス付近のスイング式首固めのミスが大きく、改めてそれで仕留めたことが既定路線に向けての「やり直し」のような雰囲気になってしまったというのもあってか、わりと手痛く批判されていましたね。内藤のスイング式首固めは個人的にはかなり好きな技であり、あれはかつて「能動的丸め込み」としてかなりの批判にさらされた棚橋の「電光石火」に対する内藤なりの返歌、リファイン技だと思っているので、できれば使い続けて欲しいのですよw

その技ミスだけでなく、それ以前にもG1のオスプレイ戦での脳震盪や目の手術の影響など、受けに対しての抜群の信頼感があっただけに、その土台が揺らぎつつある点は見逃せず、まことしやかに囁かれている「内藤限界説」は無視できない現実として重くのしかかっていると言えるでしょう。

加えてオカダの離脱と棚橋の社長就任もあってか、現状IWGP世界ヘビーの最前線で戦える最年長キャリアのトップ選手と言っても過言ではない立ち位置になってしまったというのもあり、新世代の壁役も含めて背負ったその役割は非常に重いものがあります。かつてのオカダや棚橋に対するバッシングを思うと、その急先鋒かつ反権威として対角線に立ち続けていた内藤が、今同じような権威を纏わざるを得ず、新世代の突き上げの中で勇退を迫られ、数々のバッシングに晒されているというのは色々と思う部分がありますね。

そんな中で行われた試合ではあったのですが、戦前に不安視されてるほどには内藤のコンディションは悪いようには感じませんでしたね。目を引いたのはやはり「間」であり、ここは明らかに内藤と辻では差がありました。辻は使う技のチョイスやファイトスタイル含めて、まさに「トレンド」ド真ん中と言ってもいい、現代プロレスに慣れた観客ウケのいい試合運びの選手ではあるのですが、実のところ間やテンポといった部分には若干の課題がありますね。自分が動くシグナチャームーブのときは雄叫びをあげて一気呵成に攻め立て、使う技も基本的に派手かつフィニッシャーもド迫力なのでその瑕疵は非常に見えづらいのですが、つぶさに観察しているとやはり自分のターンの時に変に「間」が空く場面がちょいちょいあるのですよ。これは凱旋帰国後のSANADA戦から引きずってる課題点の一つでもあり、あの試合も辻の高評価に反して先に動いて受け攻めの展開を常に作っていたのはSANADAのほうなんですよね。内藤はいつものムーブではありますが、それでもテンポ感や小気味いいリズムといった点は流石といった印象で、緩急の部分では内藤に軍配が上がっていたように思います。

このままだと試合内容としては至って普通……王座戦だとやや物足りないかな、ぐらいに思っていたのですが、空気が変わったのは辻が狙ったスパニッシュフライであり、ここは突き飛ばすように内藤が防いだわけですが、これが飛べなかったのか単純に返したのか非常に曖昧な部分があり、内藤の動きで真っ先に不安が集まるのは何を隠そう「膝」でしょう。そんな内藤に対して仕掛けた辻の逆エビ固め。凱旋帰国からのこうした痛め技は逆エビしか使ってないのもあってか、辻の逆エビは非常に印象深く、また内藤との壮行試合で敗れた技という意味合いはもちろんあるのですが、今回はそこに加えてコンディションの悪い内藤に仕掛ける技としてのリアリティが半端なかったですね。逆片エビより腰を支点にに極まる技であるのでピンポイントな膝狙いというわけではないのですが、単純にベテラン選手に仕掛ける逆エビって思った以上にキツいんですよ(笑)かつてジェリコが同型の技であるウォールズオブジェリコを他の選手から嫌がられたというエピソードが示す通り、ベテラン選手への逆エビは本当にキツいんです(二度目)。一度目は即座にブレイクしてその真実味を担保したせいもあってか、二度目に仕掛けた逆エビは中々にスリリングかつ非情な一撃だったと思います。こうしたチョイスは追い込まれないと開かないものではありますし、どんな方法であれ手段を選ばずにトップに立つという下剋上の心理を辻に垣間見えたのがよかったですね。

かなり追い込まれた内藤でしたが、ジーンブラスターを巴投げの要領で切り返す離れ技。ルチャの血を感じますし、ラ・トモエナーゲでいいですかね。これは。ここからの掟破りのジーンブラスターは実に内藤らしいスペシャル感があるというか、内藤の掟破りほど明確な掟破りもそうそうないと思います。

そしてデスティーノを巡る攻防の中、最後は旋回式に近い形で決めた正調デスティーノで閉幕。辻はジーンブラスターの一撃性は凄まじく、過去の名手と比較しても遜色ないどころか日本人選手の中でベストと言ってもいい使い手だと思います。それに反してクライマックスの攻防の密度はまだ課題点として残っており、フィニッシャーに向けてのルート開拓の部分でギリギリ内藤のほうが上手だったという印象ですかね。とはいえ、辻も得意技であるカーブストンプを拡張することで補いはしていますし、ファンタズモを倒して命名した「マーロウクラッシュ」も定着したので着々と進化しつつはあるのですよ。今回の王座戦でも断崖エプロンから放ったカーブストンプも精度はともかくアイディアは素晴らしいと思いましたし、スピアーとカーブストンプに続く第3の矢が生まれた時にこそ、辻が戴冠するその時だと思います。

今の内藤は制御"可能"だと揶揄した辻でしたが、振り返れば今回の試合は前回の試合の反省点を踏まえて色々と「制御」したからこそ勝ちが転がり込んできた試合だったようにも思います。自身のコンディションや技の精度、試合のテンポやスタミナ配分など、所謂諸々の経験則によるコントロールの勝利であり、制御可能なほうが勝てたというのは何とも皮肉な話ですね。アンチテーゼとして自由な立場で物申してきた内藤が晩年のキャリアで奏でた残酷な内藤のテーゼ。こういう試合も僕はアリだと思います。

故にそれなりの好試合でありつつも語り継がれるほどにはオーバーしなかった試合であるとも言えますが、コブ戦のような殻を破る名勝負もあれば、こうした試合で学ぶ経験というのもあるものです。振り返れば辻のNJCのトーナメント戦はわかりやすいほどにトップ選手になるための「査定」となっていて、身体ポテンシャルを試す試合や同世代との試合、対ヒールのシチュエーションの試合と、様々なバリエーションの試合で辻に経験を積ませた感じがあるんですよね。辻は強者かつ怪物イメージが先行しているせいか、それに相応しい結果を求められるのが最優先になりがちで、こうした成長物語の共有といった部分があまりなかったので、それも含めてかなり興味深く見守っておりました。今回の敗北は分かりやすい挫折でもあり、憧れに対しての敗北は至らなさを自覚しつつも、まだ目指せることの幸運は確かに残っているのです。

それにしても内藤視点で見ると、このぐらいの試合でもまだもう少しやれただろうと思ってしまう評価になったということは、それだけ内藤の試合内容へのハードルが高いということの証左でもありますね。本当に大変なものです。

試合後にロスインゴメンバーの名前を挙げての内藤の勝ち名乗り。いつものデハポンコールですが、メンバーの人間として、そして敗者としてこれを聞く悔しさは特権であると同時に、辻からすると他の挑戦者の何倍も悔しいと思います。時間があまり残されていないのは内藤だけではありません。新世代から頭一つ抜けたと言えば聞こえはいいですが、その評価で固定されたまま凱旋帰国から一年経ったわけですし、現状トップ戦線に食い込めているのは辻陽太のみである以上、新世代を背負う責務は重く、海野や成田、上村が「仕上がる」までは辻が一人で支えなければいけません。初の栄冠となったNJC優勝も、30という年齢を考えればこれでもまだ遅いほうです。しかしながら凱旋帰国当初の怪物感を今に至るまで損なわずに走り抜けたのは逸材としか言えませんし、凱旋帰国の印象が強くともその後にトーンダウンしてしまった選手は新日の歴史を振り返ってもわりと多い中で、辻は相当頑張ってるほうだと思いますよ。

かつて他のトップ選手と同じように20代でIWGPを巻くと公言して敵わなかった男、内藤哲也からすると辻の焦りは痛いほど分かる感情であり、辻の抱く焦燥感は新世代の中でひときわ強いと思うのですよ。そんな疲労困憊の辻の眼前で放り投げ、宙を舞ったIWGP世界ヘビーのベルト。それはかつてあれほど欲しかったベルトを初戴冠時に放り投げたときと同様で、それは内藤から辻への迂遠なメッセージなのかもしれません。





note全然更新できてなくてすみません。忙しかったというのもあるのですが、若干のスランプめいたものもあって中々書く気持ちになれませんでした。プロレスに対してのモチベがないわけではないのですが、とりあえず気になった試合だけ書くことにしてゆっくりリハビリしていきたいと思います。ではでは、また次の機会に。