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まくわうりだよ、人生は

世の中で最も高級な果物は、贈答用のマスクメロンだと思っていた。
千疋屋の超高級マスクメロン、おそらく、1万5千円前後だろうと予想してサイトを開くと、桐のお箱にお入りになられたメロン様は、2万円を軽く超えている。

子どもの頃は、この「超高級マスクメロン様」が食べてみたくてしかたなかった。
天界の食べ物のような、甘味だけではない複雑玄妙な、全く未知の味がするのだろうと思いこみ
「神様、死ぬまでに一口でいいのでお願いします」
と、けなげに祈ったりしていた。
「今日のデザートは、メロンだよ」
と我が家で出てくるのは、黄色いまくわうりで、色も違えば網目もない。
これじゃないんだよなあ、と思いながら、それでも美味しくいただいていた。

20代のころパソコン通信に入れ込んで、できた友達が静岡のマスクメロン農家の後継ぎくんだった。
聞けば、彼はオンシーズンには、売り物にならないマスクメロンを毎日食べていて、もう、マスクメロンは飽き飽きしているのだという。
マスクメロン様に飽きる?
そのようなことがあってもいいのか、と思ったが、ことわざにも「美人は3日で飽きる、ブスは3日で慣れる」というのがある。
マスクメロンばかり食べていると、そういうこともあるのかもしれないと、無理やり納得した。

その、後継ぎ君が言うには、マスクメロン界でも、やはり美人が好まれるらしい。
「千疋屋で売ってるような高級なマスクメロンは、形と色がよくて、網目がきれいに出ていて、傷が無いことが条件。味は、売り物にならないものと変わらないよ。うちの畑にあるのはどれも同じ味だから、キズモノでもいいなら安く売ってあげるよ」
え?
私は驚いてしまった。
「傷はあっても、味は1万円のメロンと同じなんでしょ?」
「うん」
「それを、おいくら万円で?」
「うーん、2個で3000円でどう?」
「買う! 買うに決まってる!」
そして、私はついに、幼少期からあこがれた天界のフルーツ、果物界の王様・高級マスクメロンを、初めて口にしたのだった。

……それは、スーパーで売っているメロンの延長線上に存在した。
当たり前だけれど、メロン以外の味はしなかった。
なんなら、まくわうりと同じような気もした。
糖度が高いとか、熟し加減が絶妙とか、そういうことはわかったけれど、それ以外のことは、私には全く分からなかった。
天界の果物は、下界のイオンで売ってるメロンと、兄弟くらいに近い関係にあるようだった。
まったく系統の違う、未知の食べ物などではなかった。
1口で桃源郷に連れていかれたり、脳内がスパークしたり、7色のゾウが空を飛んだりしなかった。
当たり前だ、それじゃ危なすぎて、売れない。

そこで私はやっと理解したのだった。
贈答用のマスクメロンというのは、その造形の希少性、つまり、手間暇かけた、その時間を贈るものなのだ、とういことを。
あのぶっ飛び価格は「こんなに手が込んだ珍しいものを贈りたくなるくらい、私はあなたのことを大事に思っていますよ」という気持ちを表すためのお値段だったのである。

ははは。
なあんだ。
未知との遭遇ができるかと思っていたのに、知ってる味のもっと甘いバージョンだよ、これ。
だったら、私は、この先、ずっとまくわうりでいいや。
……そう思ってこの30年ほど生きてきたのだが、そんな私の前に、今度は超高級ぶどうが現れた。
ルビーロマンさまだ。

ちょっとごらんなさいな、1房4万円と表示されているのは、私の目の錯覚じゃないよね?
これこそ、天界の果物なんじゃないのか? と、一瞬思ったが、たぶん、私にわかるのは、きっと今度も糖度の違いくらいだ。
仮に1房に40粒の実がついているとしたら、1粒千円のぶどうだ。
1粒で巨峰が1房買える。

きっと、知っているぶどうの延長線上にあるはずの、ルビーロマンさま。
お目にかかってがっかりしないように、今日も私は巨峰を食べる。
違いがわからない味や、サービスには、もうお金をかけなくていい。
そういうのは、山岡さんとか、海原さんとかの、わかる人に任せておけばいい。
そう、私の人生は、そっち側ではない。
「まくわうりだよ、人生は」なのである。

**連続投稿233日目**

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