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ほたるところな

蛍を見に行ってきた。

今は、ゲンジボタルが見頃らしい。3日ほど前の夕方のニュースで、視聴者投稿の写真とともにアナウンスされていたので、行けるタイミングをうかがっていたのだ。

たぶんこの辺りだろうと、目が慣れない暗い道を、当てずっぽうで歩いていると、前から車椅子に乗ったおじさまと、その奥様らしき二人連れが歩いてくる。暗くて顔はよくわからない。

「あの。蛍はどこで見られますか?」
と訊いてみると、おじさまが
「うふ、こっちこっち」
と手招きして、2人が元来た方へ案内してくれた。奥様は、カメラを持って車椅子の後に続く。

「うふ、そこね、電線が張ってあるから気をつけて。さわるとびりびりするよ」
よく見ると、細い農道の真ん中に害獣避けの電線が3本横に張ってある。「うふ」と頭につけるのは、おじさまの癖のようだ。

「うふ、この先の細い川に沿って蛍がよく飛んでるよ。でも今日は寒いから、みんな下の方にいる」
おじさまは、電線の手前で止まると説明してくれる。ここからでは、蛍がよく見えないので、電線をくぐろうとすると、
「うふ、これ外せるんだよ。帰りに元に戻しておけばいいから、中に入ろう」
と、奥様に合図して、右端のポールから、碍子のついた電線を外してしまった。
いいのかな?とやや心配ではあったが、手慣れた様子から、地元の人だと思い、お任せすることに。

電線の先には、小川の上に小さな橋がかかっており、その上から蛍が見える。おじさまの言うように、ほとんどの蛍は、川沿いの草むらの中で光っていて、飛んでいるのはほんの数匹だ。

私たちの後ろの暗がりから、
「あのう、ここは入ってもいいんですか?さっきは、入れなかったんですけど」
と言いながら、4歳くらいの女の子をおんぶしたお父さんがやってきた。

「うふ、どうぞどうぞ」
とおじさまが、自分の家に招き入れる人みたいに応える。
5人で橋の上から蛍を眺める。

水の音と風の音と、時折、遠くを走る車のザーッという音が聞こえ、空には満天の星、地には蛍の無数の灯り。
時折、空を横切って飛ぶ蛍が、星と同化している。ゆっくり消えていく流れ星のようだ。

さっきからずっと、橋を渡った先の道路に、光の弱々しい蛍が一匹じっとしている。どうやら飛べないようだ。寿命が近いのかもしれない。

拾い上げて、女の子に見せ
「持ってみる?」
と訊くと
「うん」
と言うので手のひらに乗せてあげた。

お父さんの背中で、うわぁ、と言いながらしばらく眺めていたが、蛍が動いて手から落ちてしまったので、女の子も地面に降りて探し出す。 

2人でしゃがみ込み、落ちた蛍を捕まえていると、おじさまがの声が後ろから降ってくる。
「うふ。ここのことは、どうやって知ったの?」
「夕方のニュースで、蛍の写真が出ていて、そのキャプションに、ここの地名が出てました」
と答えると
「うふ。それ、ぼく!」
と嬉しそうに言う。

毎年、この時期には蛍を見に日参されていて、写真を撮っては、あちこちに投稿しているのだそうだ。

「有名人になっちゃったわね」
と奥様が言うと、おじさまは照れたように
「うふふ、うふふ」
と笑っていた。私が
「テレビに出てた人ですね!握手してください」
とおどけて言うと
「ぼくでよければ!」
と力強く握手してくれた。

そこで初めて気づいた。
今、おじさまはなんの抵抗もなく、素手で私と握手した。
街中では、屋外でもしょっちゅう見かけて、うんざりしていたあの「マスク」を、ここでは誰もしていない。

うん、なんとなく、もうすぐな気がする。
もうすぐ、恐怖が消えて本当の「ウィズころな」時代がやってくるのだろう。

蛍の里で、そんなふうに思ったのだった。

**連続投稿132日目**

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