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どうしても処分できない鬱漫画の決定版「はみだしっ子」について

生まれて初めて、自分のおこづかいで買った漫画は、大和和紀の「ハイカラさんが通る」だったか、山上たつひこの「がきデカ」だったか。
とにかく、能天気で、いつも笑っているか、友達を笑わせているかという、明るい小学生だった私は、ギャグマンガばかりを好んだ。
その後も江口寿史の描く「すすめ‼パイレーツ」の登場に、日本のギャグ漫画界は江口以前、江口以後といわれることになるだろう!と、えらそうに感銘を受けたりしながら成長した。
毎日を楽しむのに忙しくて、めんどくさいことを考えるのが嫌だったし、笑っているうちに30歳くらいで人生は終わるのだろうと、楽観的に考えていたような気がする。

ところが、思春期に入ったとたんに、しちめんどくさい私に、がらりと変わる。
出会ってしまったのだ、三原順の「はみだしっ子」に。

初めて読む、群像心理劇。
主人公の4人は、様々な理由で親を捨てた、または捨てられた小さな子どもだ。
全員が全員、帰る家がなく、親も行方知れずのわが子に無関心。
必然的に4人の結束は固まり、どこに行くにも一緒に行動する。

初回登場時、落ち着いたリーダー格のグレアムと、美形で器用で皮肉屋のアンジーが7歳、動物が大好きな野生児サーニンと、天使のようにかわいく無邪気なマックスが5歳だった。
幼い彼らには、大人の庇護もなく、その日の宿もない。
あてもなく放浪する4人は、やがてバスジャックに遭い、そのまま雪山で遭難する。
物語は、そこから、極限の状況下で、無意識に人を殺めてしまった子どもたちの、罪の隠ぺいと罪悪感を核に進行する。

とんでもなく暗い。重い。つらい。

今なら「鬱マンガ」とジャンル分けされるところだが、当時はそんな呼び方もなく、私はこの話をどう読めばいいのか、わからなかった。
彼らの心情が理解できないのが悔しかったが、正直、途中から、中学生の私が読んでわかる話ではなかった、と思う。

連載開始時、私より年下だった彼らは、連載終了時にもまだ年下だった。
私が16歳の時に、ハッピーエンドなのかどうなのか、よくわからない最終回を迎え、周囲のファンの間では、もやもやが募って「あれはどういうことですか?」と出版社あてに手紙を書く友達も現れた。
当時、SNSがあったなら、たぶん、この話題で半年は盛り上がれたと思う。

(以下は、2010年の発言小町のトピックス。連載終了が1981年だから、約20年にもわたって、ファンは、もやもやしていたことがよくわかる)

グレアムの考えていることは、そこいらの大人よりずっと哲学的で複雑で難解で、延々続く独白は、太宰治を分かりにくく焼き焦がしたような、理解を拒む趣すらあった。
……そりゃ、ハマるだろうよ。
何しろ、こっちは思春期、今でいう中二病真っ盛りなのだから。
難解で暗くて重たい話ほど、そこに自分の表に出せない何かを投影してしまう。
ないと不安な常備薬のように、「はみだしっ子」は、いつも本棚に置かれていた。

中学生の私に理解できそうな彼らの感情とは、親に見捨てられた絶望、虐待されたトラウマ、明日が見えない不安、あとは、4人が互いを思い合う友情、くらいだったろう。
人を殺してしまったあたりから、「この人達は、何をどう考えてこんな行動をしたのか」がよくわからなくなり、一時、連載を追いかけるのを諦めていたのだが、それでも単行本だけは買い続けていた。

大人になり、多少なりとも読解力がつくと、改めてその心理描写のうまさ、4人の性格の書き分け、張り巡らされた伏線とその回収のテクニックなどにため息をつく。
なんで、こんな話が描けるの?
私には、大人になっても、こんなストーリーは絶対思い付けないだろうという、諦念しか湧いてこない。
小説家や漫画家を志望していたことなど、人生で一度もないのに、読むたび、圧倒的な敗北感を感じた。
それくらい、すごいクオリティの作品を生み出す作家だったのだ、三原順は。

子どもを生み、親になると、今度は、子ども目線で読んでいた物語を親目線で読み返す。
ああ。いったい、一粒で何度美味しい漫画だったことだろう。

私は、もう40年以上、初版で買ったこれらのコミックスを処分できずにいる。
日焼けした紙が茶色くなっていても、時折ページが取れてくることがあっても、紙の間から半透明な白い小さな虫が出てくることがあっても、それでも処分できない。
今なら、愛蔵版や文庫で買えるので、何度も買い替えようと思ったのだが、生きている彼らと、生きている思春期の私を捨てるようで、できないのだ。

「一番好きな漫画は何?」
と訊かれたら、私はきっと別の漫画のタイトルを上げるだろう。
でも、
「一番影響を受けた漫画は何?」
と聞かれたら迷わず「はみだしっ子」と答える。

それくらい、今も心に刺さりまくっている漫画である。

**連続投稿367日目**

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