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アドベントカレンダー12月2日 お題「ぎっくり腰・流星群」BYチョッピーさん

「小学生のころにね」
「うん?」

突然母が話し出す時は、だいたい子どもの頃の話だ。
母が生まれ育った昭和の時代と今とでは、隔世の感があるらしく、時々、無性に子どもの頃のことを話しておきたくなるのだそうだ。

「北極星を見つけてきなさいって、宿題が出たことがあるの」
「へえ」

僕は、スマホを脇に置いて母に向き直る。

「探し方にコツがあってね。北斗七星をまず見つけるのよね。ひしゃく型の」
「うん」
「そのひしゃくの、柄がついてない方の辺を、だいたい5倍伸ばしたところに、北極星があるの。見たことある?」
「どっちを? 北極星?」
「どっちでも」
「どっちもない」

ふふ、と母が笑う。

「そうよね。あなたが子供のころ、北極星を探しなさいって宿題が出た記憶がないものね。きっと知らないと思った」

母はなぜか満足げだ。

「北極星の話がしたかったの?」
「ううん。牛小屋が焼けた話をしたかったの」

母が言うには、北極星を探すように、というのは、夏休みの課題だったのだそうだ。
一度見つければ、それでよし、しかも自己申告でOKというアバウトな宿題だったが、母は、そこで星を見るのが面白くなってしまった。
北極星は本当に動かないのか? 星座は本当に北極星の周りを一周するのか、それを自分の目で確かめたくなったらしい。
そこで、夏休みなのをいいことに、夜更かしして、深夜まで30分おきに外に出て星空を観察していた。

田舎に住んでいたこともあり、夜は街灯すらなく、まっ暗だ。
周り中、田んぼしかなく、空気もきれい。
流星群の時期じゃなくても、10分も空を見上げていれば、1つか2つは流れ星が見られた時代だった。

「大きな流れ星が流れるときは、火星や金星より明るく光って、ぽうっと燃えてスーッと消えていくの。面白くて、飽きなかったな」

北極星は、いつも家の裏の牛小屋の真上に出ていた。
牛小屋では、10頭足らずの乳牛が飼育されており、近所の人たちは、いつも、その小屋の管理人さんのところへ、一升瓶をもって牛乳を買いに行っていた。

「なんか変な地形でね。うちと牛小屋は100mも離れてないんだけれど、間に谷があるのよ。うちから牛小屋に行くには、高低差10mくらいの崖をおりて、田んぼのあぜ道をあるいて、また崖を登っていくのね。いつも、そこを通って、牛乳を買いに行くのが、私の仕事だったの」
「うん」

その夜は、風もなく、蒸し暑かった。
耳元で蚊の不快な羽音が聞こえて、そのたび、両手でぴしゃりとやると、たっぷり血を吸った蚊がつぶれていた。

「蚊と闘いながら星を見るのよ。今から思うと、ロマンチックでも何でもないわね。夜の11時過ぎていたかしら。その夜、なんど目かに外に出ると、ちょうど、牛小屋の上で大きな流れ星が流れたの。それが、牛小屋の屋根にスーッと消えた時に、牛小屋の中で赤い光が見えたの」
「隕石が落ちたの?」
「最初はそうなのかと、私も思った。でも、窓から見えるその光が、揺れながらだんだん大きくなっていくのと同時に、牛たちのすごい鳴き声も聞こえ始めたのよ」
「火事?」
「そう。なんかね、牛がアブにたかられるのがかわいそうで、管理人さんが牛の足元に蚊取り線香を置いてやってたんだって。それを牛が間違って蹴っ飛ばしちゃって、藁に引火しちゃったみたいで」

あっという間に、木造の牛舎は炎に包まれた。
燃え盛る炎の中、管理人さんは、一頭でも多くの牛を助けようと、牛舎の柱に結び付けられた縄を切るのに奮闘していたという。

「牛にしてみたら、切ってもらったところで、どっちに行っても燃えてるんだもの、逃げようがないわよね。消防車が来て炎を消し止めるまでずっと、焼肉屋さんみたいな匂いがあたりに漂ってたわ」
「管理人さんは助かったの?」
「それがね、すごいの」

「翌日出荷予定だった仔牛をね、連れて逃げようと、鼻輪を引いて、炎の間から外に出ようとしていたんだけど、牛が怖がって抵抗してね。暴れるから、えいやって担いで、炎の中を走ったんだって。当時40代のおばちゃんがよ。火事場の馬鹿力って、本当にあるのね」

母は、なぜか、うっとりと言う。

「で、助かったの、牛と管理人さんは?」
「担いでいた牛は、ちょっとやけどしたけど、無事だった。管理人さんはね、小屋から出て、火が回ってこないところまで仔牛を担いで逃げてね、我に帰ったら、急に、ぎっくり腰になっちゃったんだって。で、牛にのしかかられたまま、放牧場で、動けなくなってたところを、明るくなってから発見されたの」
「腰くらいで済んでよかったね」
「そうね。でも、この話の肝は、たぶん」
「たぶん?」
「陳腐だけれど、ほっとした時が一番危ない、ってことじゃないかしら」
「そうだね」
「あなたも、牛を担ぐことがあったら、最後まで気を抜かないでね。おろすまで、力を入れておくのよ」
「うん」

現実の世界に戻ってくることが、めっきり少なくなった母だけれど、たまに聞かせてくれるこういう話が、抜群に面白い。

**連続投稿304日目**

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