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自分の町になるための条件

引っ越してきたばかりの町は、よそよそしい。
道を走っていても、案内看板に出てくる地名が、知らないところばかりだし、スーパーには見たことのない野菜が並んでいたりするし、欲しいものがあっても、どこに行けばそれが手に入るのかわからない。

人によってはこんな時、行きつけの飲食店を作るとか、通勤途中の駅を全部言えるように暗記するだとか、立ち読みできるお気に入りの書店を見つけるだとかしながら、テリトリーを広げて、町に自分を馴染ませていくのだろう。
私の場合、病院と美容院と歯医者が、町に馴染むための大きなポイントになっている気がする。
持病を持っているので、かかりつけ医が決まらないことには、安心して生活できない。
それに、今はさほどでもないが、前髪の1mmの差が気になっていた頃は、ちょうどよくカットしてくれる美容師さんを見つけるのに4、5軒の美容院をさすらったりしていた。
そしてラストの歯医者は、毎月、メンテナンスに通うのに絶対必要だから、早めに腕のいい先生を見つけておかなくてはいけない。
その3つが決まらないと、なんだかフワフワして気持ちが落ち着かないのである。

しかし、ひょんなことからそのうちの2つが、ぱぱっと決まってしまった。
昨夜、夕飯を食べていた時に、奥歯の詰め物がいきなり取れてしまったのだ。
何が何でも今日、歯医者に行かなくてはいけない。
Google先生に教わりながら、腕がよくて優しそうな歯医者のセンセイを探していたら、たまたま家の近所に良さそうなところがあり、そしてまた、たまたま、隣が美容院だった。
嬉しい神のはからいだ。
ここは、乗っかるべきだろう。

午後の診療は3時から。
カットだけなら1時間もかかるまい。
昼ごはんのあと、髪を切りに行き、そのまま歯医者に行くことにした。

結果、美容院は平日だったせいもあり、ガラガラで待たずにカットしてもらえた上に、美容師さんはあれこれ話しかけてこず、しかも希望通りにしあげてくれた。
ひゃくてんまんてん。
もう、ここに通う。
決めた。
ひとつクリアである。

歯医者さんは、電話では予約がいっぱいだと申し訳なさそうに断られたのだが、緊急事態ということで「20分ほど待っていただくことになりますが、それでもいいですか?」「もちろんです」と、診てもらうことができた。
もうその、「予約がいっぱい」ってところがイイ。
予約が取れないほど、腕が良いのだろう。
高まる期待。

名前を呼ばれて、あの背もたれが倒れる椅子に座り、先生に取れてしまった銀歯を渡す。
先生は、奥歯に取れた銀歯をかぶせてみて、
「うん、ゆるんだわけじゃなさそうですね、ぴったり」
と言いながら、もう一度はずし、丁寧にその跡を観察している。
詰め物がとれた左下の奥歯は、なぜか、銀歯があったところの下に小さな虫歯ができていて、「詰め物とは?」と考えてしまった。
「昔の歯科の治療では、いろいろできないこともあったんだと思います。今は、ずいぶん進歩していますから、詰め物の下で虫歯が進行することはないと思いますよ」
とのことなので、20年以上前の虫歯の治療としては、まあ、及第点だったのだと思うことにする。
今日は、仮の詰め物だけして、次回、ちゃんと虫歯の治療をし、新たな詰め物を作ることになった。

……ということは、今日からここが私の主治医だ。

さすが予約が取りにくいだけのことはあって、次回は12月になってしまったが、まあいい。
その頃には、また髪も伸びて、カットしたくなっているだろう。

今日、松山は66.6%、私の町になった。

**連続投稿646日目**

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