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欲望と希望を堂々と語れる環境の時代へ(一問一答)

インタビュー・撮影・まとめ:ケイヒロ
マネージメント:ハラオカヒサ

はっきり言えば喜びがない。
環境活動家って、いつも人々に不安を煽っていませんか。みんなさまざまな欲望を持っていて、その欲望から希望が生まれるというのに我慢しろ、捨て去れとしか言わないじゃないですか。いつもヒステリックな口調で「ほしがりません。この先ずっと」。
幸せや豊かさやをまったく感じられないのですけど。

環境運動界隈ではそこんとこどうなんですか?

子供のときどんな未来を夢見ていましたか?

──インタビューを承諾してくれてありがとうございます。写真も画像処理入りが条件でもみとめてくれて感謝しています。

「自分を守れるのは自分だけなので。環境保護も反原発も……参加はしていないけれど反差別の運動でも意見が対立したときの仲間割れほどひどいものはありません。いまからそんな話になるかもしれないですが」

──インタビューを掲載するときの仮称を決めましょう。

「じゃあ適当に山本で」

──山本さんは小学生のとき、どんな未来を空想していましたか。

「……自動化とか宇宙とか。巨大ロボはフィクションの世界と思っていましたが、いろいろな新しい機械ができるだろうと考えました」

──わくわくしましたか。

「そうですね。祖父母の家に父親のものだけでなくもっと古い本や漫画があって、そこに未来図が載っていてコレはもうあるとか、コレはまだないとか興奮したから、昔から子供は変わらないんだなと思いました」

みらい1


──子供たちは未来に生きる人たちだから進歩に夢を抱いて当然ですね。山本さんが思い描いた未来は宇宙に進出して自動化された生活で……。

「子供だったらミニカー遊びをしていても空を飛ぶ想像くらいしますよね。宇宙服を着ないで普段着で宇宙に行けるようにならないだろうかとか想像しました。戦争もコンピューター同士が調停するみたいな感じで。自分があまり好きではなかった畳とサッシの窓の部屋がもうなくなっている世界とか……好き勝手な想像ですが(笑)」

──想像は願望でしょうか、欲望でしょうか。

「どっちもでしょうね」


いつもヒステリックに騒いでいませんか?

──山本さんは一時期グリーンピースの活動にも熱心だったのですが、環境問題に取り組むようになったきっかけを教えてください。

「ゴミの焼却問題から環境ホルモンが本気で気になってからです」

──環境ホルモンは1998年に環境省が科学物質の測定値を発表してから騒動になりました。

「あのときはどの新聞も大きな扱いで何度も報道したしNHKで特集があったんですよ。動物のオスがメス化するというのは衝撃的で、通っていた高校でも世間話の話題になるくらいだったと言えばわかるでしょうか。とうぜんだけど、うちの親も騒いでいました」

──そのことを事前に聞いていたので調べておきました。1998年の春から初夏にかけて報道件数は800件に及んでいて、主要5紙やキー局の報道以外を合わせると1000件を超えていたと言ってもよいと思います。

「国内だけではなかったのですよ。『奪われし未来』という本で今まで知られていない毒性として紹介されたのと、バルト海でPCBが検出されたという報道が世界的に刺激になっていたんです。だから21世紀になる直前は環境汚染で世界的にえらいこっちゃだったわけです」

かX


──日本ではカップ麺騒動が起きました。発ガン性が疑われるスチレンモノマーが溶け出すという話です。

「当時の高校生男子としてオスのメス化やカップ麺は切実な話題だったのでヤバイとなって大学以降もずっと尾を引くことになったトラウマ事件です。この騒動がきっかけでカップ麺の紙容器化や学校給食の食器を変える運動になっていきました」

──知っている世代は多かれ少なかれいまだに生活に影響しているでしょうね。

「多くの人は忘れたりどうでもよくなっていると思いますが、それでも人それぞれ“気になりごと”になっているのではないでしょうか。知らず知らず生活習慣などが変わっている場合があります。だから似たようなきっかけが発生したら、これに火がついてまた大きな騒動になります。それが被爆恐怖と関係していたと思います」


カップ麺広告

──あのときカップ麺メーカーは「容器から環境ホルモンは溶け出さない」という意見広告を出しましたが騒動は収束しませんでした。さらに騒動の元になった[日本子孫基金]が大学に依頼した検査で哺乳瓶からも出ていると追撃をはじめました。量の概念を無視した報告や警告が大見出しで報道されています。

「これは運動の先輩から聞いた話ですが、ポリカーボネート食器があちこちから消えていったんです。病院とか保育所とか老人ホームで割れないし軽いというので使っていたのが。きっと家庭でも次に買うならプラ食器はやめようとなったのではないですか」

──プラ食器の問題だけでなく、さっきカップ麺の紙容器化の話が出ましたが紙になってにおい移りがすると消費者からクレームがつきました。

「ありましたね。あれは最初、製造会社のミスだとか品質が悪いとクレームがつけられて、カップ麺に逆風が吹いたあとだったからこんなことでも報道されたのだと思います。過剰反応だし、報道も騒げるだけ騒ぐ方針だったかのもしれません。ふつうあのくらいならメーカーで調査して結果を出すだけです」

──疑わしいではなくいきなり主犯格の犯人にされた話では「葉っぱ物」の件も。環境ホルモン騒動の翌年、ニュースステーションで久米宏がゴミ焼却場近くの「葉っぱ物」にダイオキシン汚染があったと言いました。焼却施設、ダイオキシン、枯葉剤、環境ホルモンがごっちゃにされて騒がれる事件に発展します。

「私の出発点のゴミ焼却問題です。自宅から少し行くと焼却場の煙突が見えるんですよ。ビニールを燃やすと臭くてどう考えても不健康なにおいがするのだから、あんなにたくさん燃やして煙を出していれば環境にいいはずがないと思っていました」

──ニュースステーションと久米宏の報道姿勢が、のちに山本さんと激しく対立することになる“風評加害”そのものです。メディアが不安感を煽って、安全より安心、コメントや感想が流れを決定づけるとか。山本さんのビニールを燃やすと臭いから悪いのだろうという感覚も、そう感じるのは悪くないけれど風評加害の発端にありがちなものですね。

「久米宏のは風評加害の原型ですね。あれを環境保護側も利用して、報道側が反省しなかったから、何度も再現されて原発事故のときも繰り返されました。私自身も繰り返したことになります。これは原発事故の報道のありかたといっしょにもう一度検証したほうがよいのかもしれません」

──そう考えると、環境ホルモン騒動の影響は大きいですね。

「あの頃は急に化学物質過敏とか電磁波とか不安を煽る情報がどっと出てきたのです。シックハウス症候群にとどまらない科学物質過敏の不安。パナウェーブ研究所の人が抱いた不安感は電子レンジ危険論として今も続いています。どれも不安を煽るだけ煽って始末をつけない態度でした。こういうのは反応した側のヒステリックさがいまだに話題になりますが、報道や出版する側もヒステリックだったと言えませんか」

パナ


──あきやまひでき氏が奥さんの症状をとりあげた『かびんのつま』も、そうした時代の影響を受けていますね。

「その漫画をすべて読んではいませんが、奥さんが訴える科学物質過敏と電磁波アレルギー?は、漫画が描かれる10数年前の報道とぴたりとかさなります。作品に登場する医師とか専門家がしゃべっている内容も当時の報道そのままで、10年以上経過しても治療やカウンセリングと称するものが続いているのを表しています」

かびん


──電磁波被害の訴えに環境保護団体はなにか関与したのでしょうか。

「そういう団体があったかもしれないけれど、大きな流れにはなっていないはずです。あれは携帯電話が普及した勢いが影響していて、マスコミは食らいついて社会問題にしようとはしましたね。携帯電話があればそこから、シックハウスがあればそこから、不安というのは何からでも生まれます。ただいきなり普及して広がりきってしまった携帯電話に既存の環境保護団体は乗り遅れたし、後追いもできなかったのでは」

──環境ホルモンではたった3ヶ月間に800件を上回る報道がありました。ダイオキシン報道もヒステリックなほど報道が加熱しました。それは犯人の決めつけ、量の概念の無視、警告を超えた脅しや金切声といった冷静さのかけらもないもので科学的でもない姿勢でした。

「ただそういうのは今だから言えるのですよ。立花隆が環境ホルモンについて本*を出していますが、あれだってかなり刺激的でどぎつい内容です。その後、立花隆は若者がキレるのは環境ホルモンが原因だと言い出します。当時、極端ではないかエビデンスはあるのかと誰が立花隆に言えたでしょうか。私はあの本をすごいと思ってしまったし立花隆をかなり信用していました。研究者でさえ影響されていたと思いますよ」
*『環境ホルモン入門』

──たしかに私もエビデンスを問うようなことはなかったです。

「立花隆の切れる若者だけでなく、『ムー』や東スポならまだわかるのですが大手の雑誌が人類は滅びると書いていました。その当時の報道を環境運動をはじめてから調べたけれど、まあすごいですよ。それが2000年前後をピークにしてヒステリーが収まっていって、2011年の原発事故で完全に話題が入れ替わって逆転します。そういう意味では続いているのだと感じます。ヒステリックなのも、報道も、エビデンスの問いかけも何も変わっていなかった」

──環境運動そのものにヒステリックな印象があります。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』は古典で示唆に富む名著ですが、彼女の主張を超えてDDTの使用を禁じようとしたり、その後に判明した事実を取り入れようとせず、いまだに運動をしている人たちがいます。科学であるまえに異教徒と闘う宗教のような……。これが何十年も続いているのではありませんか。

「反原発で……あのときはデモで声が枯れるまで騒いだし、記者のインタビューにも答えたし、あり得ない誇張までして騒ぎました。これは私だけではありません。あり得ない誇張だとわかっていても誰もやめようとは言いません。ヒステリックでした。正直に言えば、原発廃止はいいけど次にどうしたらよいか答えが見つからないまま数年間やっていました。幹部もわかっていないはずがなくて、末端は利用されるだけの立場なのかと。それで団体を見限りました。反原発運動で煽りすぎている自分に嫌気がさしたのです」


なぜ恐怖を煽り絶望を広めるのですか?

──山本さんとは反原発運動が過激化のあと崩壊して行く過程で出会いました。私は不安を煽るのはやめてくれとお願いしました。

「こいつ何言ってるんだってところでした。だから徹底的につぶしにかかったんです」

──あのときは強烈でしたね。殴りあっていないだけで、暴力ざたと変わらないですよ。

「いまはポーズをとって写真に写るくらいには丸くなって(笑)」

──結局そのときは解決できませんでした。なぜ不安を煽っていたのですか。

「そういう意識はまったくなかったのです」

──それはおかしくないですか。さっき「あり得ない誇張までして騒いだ」と言いましたよ。

「たしかにその通りで、おかしいのです。まず私たちのやり方が最初から不安ありきだから他の方法がわからない。こう思えるのは今だからであって、当時は疑問にも思わず『何言ってるんだって』となるのです」

──騒いだ効果の手応えはどうでしたか。

「とうぜん手応えがあるし、誇張しても誰も疑わないだけでなく、むしろもっと怖い話がほしいと求められている感じがしました。葬列デモ*がまさにそうで、あれは原子力ムラには嫌われても刺激的なだけに『まってました』と歓迎される表現だと反原発派は本気で思っていたはずです。あなたは葬列デモについてひどく怒るわけだけど、ああいう不安や不快さをもっとくれと言っていた人がいたのです」
*葬列デモとは2011年9月1日および10月18日に行われた福島の子供たちがこれから死んで行くのを「予報する」とした街宣活動。喪服で棺桶をかつぐ人たちと、ほんものの僧侶が坊さん役で登場した。

──不安なのに不安を肯定してくれる更に不安な話や状況を求める人がいるというのは同感です。2014年に漫画『美味しんぼ』で福島では鼻血が出ると言い出した頃になると状況がだいぶ変わりはじめます。

「それでも美味しんぼの鼻血が真実だと思った人たちがいました。でも、鼻血の言い訳で作者が『取材班4人の中の3人が鼻血を出していた』と言ったのを嘘だろうなと思ったのは、私が環境活動家として反原発運動をやっていたからなんです。あなたが嘘だと思うのとは違う真実みで嘘だろうと疑ったのです。あのとき雁屋哲を支持した反原発寄りの文化人は、みんな同じように嘘だと気づいていたでしょう。言い訳だけでなく、漫画も鼻血が出てほしい願望にちょうどよい表現になっています。2011年ならもっと激しい鼻血だったろうけど、14年の鼻血はあれだよねという反原発派の真実みです」

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──山本さんは当時、鼻血は嘘だとわかっていて「出る」と主張していたのですか。

「最初は信じていました。でも見たことはありませんでした。ただ2014年頃は疑っていました」

──誇張ではなく捏造ですね。私とハラオカは帰還困難区域をふくめて被災地に出入りしているし、現地の人たちとも交流しているから鼻血なんか嘘だと言っているのです。

「疑っていたけど、あなたの言うことを否定していました。科学的な根拠だけでなく、見たり体験した人に反論できる立場ではないです」

──原発を停止させて、すべて解体させるための反原発運動ですね。これは誰のためなんですか。

「全人類のためだし、地球上のすべてのもののためで、そういう闘いのつもりだったのです」

──だけど、山本さんの説明では原発に不安を抱いてもっと不安な情報がほしい人のための活動になっていませんか。

「同調者を増やさないと……運動なので。こういう理屈です」

──原発の話から離れますが、クジラやイルカの保護、地球温暖化についての運動でもこうしたやり方だったり本音も同じようなものなのでしょうか。

「嘘と捏造ばかりじゃないですよ」

──そうではなく、不安で同調者を。

「心配いらないよでは誰も注目しないからです。これは炭鉱のカナリアなのかオオカミ少年なのか……。環境団体もマスコミも炭鉱のカナリアだと言いますが、いまの自分としてはオオカミ少年だと思ってます。何百も記事が出た環境ホルモンも、騒ぐばかりのものが多かったではないですか」

──最近、脱炭素化運動を高校生や大学生が自主的にやっているとされていますが、実際は大多数が大人にバックアップされた運動です。その大人たちが若い人に不安を煽って絶望感を与えた結果が例の「これ以上、豊かさはいらない」発言だったと思います。恵まれた環境の若者だから豊かさをいらないと言っているだけではありません。

「そのへんの背景は、環境団体のオリエンもそうだし活動しはじめてからも同じだろうと思います。悲観的ですよ、まったく。だってそれがなかったら団体の存在意義が消えてしまうし」

──似た体験をしているのですね。

「まあそうですね。民青らしい人も出てましたけど、あきらかに方向づけされて、期待される若者像に近づこうとしているのを感じます。私もそうだったし、若いと言えない年齢になってからは期待される活動家らしさに近づこうと。問題は、そこまで抱え込んでしまった強い不安や不信感はなかなか抜けないってことです。若気のいたりだけじゃないから、自分の未来を予言するかたちになりかねないと感じます」

ゆたか


欲望と希望で未来を語れないのはおかしくないですか?

──例の高校生の話を続けます。若い人はいろいろな欲望がいっぱいある自分を肯定して、そのうえでいかに豊かに、環境と折り合いをつけて生きて行くか問うのが正直な態度ではないでしょうか。どうせいっぱいある欲望のなかで叶えられるのは数少ないですし。

「それがわからないのか、わからないふりをしているのか。豊かにするための手段に反対している人たちだから正直になれなくて当然で、若い人を追い込んでそう思わせているのははっきりしています。親がそうだとしたら最悪な虐待です」

──豊かにするための手段は原発と考えていいですか。

「(うなずいて)グレタさんも同じなんですよ。グレタさんは真っ先に原発推進を言って、それから叩きたいものを叩けばよいのですが、言わないのだからずるい。自分が禁欲と怒りの象徴になっていて、こうした期待を裏切ったら今度は自分が吊し上げられかねないから言わないのです。だから容認とか曖昧な態度で原発を認めるのです。とことんわかっていない可能性もなきにしもあらずですけど」

──グレタさんの気持ちを想像する根拠は自分がそうだったからですか。

「そうですね。環境団体だって方針を変えて期待を裏切ればスポンサーがいなくなります。期待していた人々から石を投げられるかもしれません」

──環境団体のスポンサーは何を望んでいるのでしょう。

「いろいろでしょう。スポンサーが企業でも個人でも、献金しよう利用しようと思ったときの団体の状態が続くの望んでいるので、変わってしまっては裏切りだし利用価値がなくなります。だから変えられないし変わりません。酒でもラーメンでもなんだって気に入っていたものの味がいきなり変わったら二度と金を払うわけがありません」

──再エネだけで現状なみに発電できるなんて信じていないし、かといって原発を支持するように変われないから「豊かさはいらない」と言わせるってどこにも正義がないですね。

「開き直って正義と言ってしまえば正義になっているじゃないですか。脱炭素化デモの報道はどこも好意的でしたよ。こういうのを思い知らされたから団体をやめたり縁切りしたので彼らから恨まれているんです」

──やめた理由を具体的に。

「何も生産していない組織ならではの課題があります。団体専従の人は運動で金を稼がないとやっていけません。別にそういうのがあってもいいのですが、現実をゆがめて食っている人がいるとしたら自分は利用されていただけになります。あなたがたとバチバチやったあと、反原発の流れから政治や反差別へ運動が分散して行ったとき、よその人たちの専従と末端の様子をみて自分もこれかと気づいたのです。どこもまとな収支報告なんてないし専従がどれだけ取っているのかもどんぶり勘定じゃないですか。正義じゃない、じゃあやってることは何なのか」


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──YGNというNPO団体があります。温暖化の解消、飢餓や貧困、水問題など、まさにSDGsそのものとも言える問題解決のために原子力の利用を訴える学生や市民のほか研究者などで組織されています。線量とは何かを知らせるためバナナを配るのが恒例です。グレタさんが禁欲と怒りを踏み越えられないままなのと対照的です。

「いま温暖化対策を第一番目に掲げている団体はほぼ原発推進派なんですよ。日本くらいですよ、温暖化とか脱炭素と言いながら反原発なのは。それと諸外国でも古株で方向転換し損ねた団体。YGNには専門家がいるけれど、日本の環境保護団体は原子力の専門家から学ぶ気がないし素人集団じゃないですか。だったら再エネについて詳しいかと言えば、パネル発電のパンフレットくらいのことしかしゃべれない。そういうことなんです。私が知る限り環境ホルモンの頃から変わらない、感情的に不安を煽る運動それだけじゃないですか」

──希望が語れるはずがないですね。

「だからYGNの人みたいな明るさがないのです。それと嘘だったり、自分でもわからない主張をするから『豊かさどうこう』なんて余計な話になっているのではないですか。再エネだけでは足りない、じゃあ火力をどうする、脱炭素なら原子力ははずせないというシンプルな話が説明できないのです。希望についてなんて言えるはずがありません」


欲望と希望を堂々と語れる環境問題へ

子供だった山本氏が過去の時代に描かれた未来図にわくわくしたり、彼にとっての未来を想像して遊んでいたとき心の中に願望や欲望が輝いていた。これらのうち欲望は悪であったりネガティブなものとして語られることが多いが、[ほしがる心/不足を感じて、これを満たそうと望む心]であり特に善悪の色はついていない。

環境活動家は不安を煽ったあと公園の立て札のように「べからず」ばかりを並べる。そして「こうしろ」と命じる。従わないのは悪とさえ言う。グレタさんは「恥を知れ」とまで言っている。

正すべきは正さなくてはならないが、私には私の、山本氏には山本氏の、あなたにはあなたの願望や欲望がある。私たちと異なる経済・社会状況にある国や地域には、また別の願望や欲望がある。

途上国では先進国が売り払った中古のバスが唯一の交通手段になっている。このディーゼルエンジンのバスに先進国の環境活動家が渋い顔をする。また少しずつ豊かになった者が中古のガソリンエンジン車を輸入しようとするとEVを買えと言う。新品のEV車を買うだけの財力も、EVを充電するだけの設備と発電量さえないというのに。

つまり楽をしたり夢を見るのを諦めろということになる。

では発電所を援助してもらうほかないとなると石炭火力だから反対だと環境活動家が騒ぐ。その国にとって必要かつ自らがハンドリングできる発電手段が石炭火力発電所なのだが、原子力もだめだから太陽光パネルを敷き詰めろと言う。この途上国は我慢を強いられるだけでなく、発展の可能性の芽さえ摘み取られる。

彼らはいつまでたっても未来図さえ描けない。描くことさえ悪とされ「べからず」とされる。夢も希望あったものではない。

私たちは願望や欲望を堂々と語り実現を目指したい。これこそが希望だ。そのうえで実現可能な環境対策を考えるのが順序なのだ。自ずとYGNのような解が導きだせるだろう。

なおインタビュアーと山本氏の間には共通認識があり、この認識のうえで反省の弁などが語られないまま会話が進行している箇所があり、できごとへの説明は自己正当化ではない点をご理解いただきたい。


山本氏インタビュー/続編 (後半有料)


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