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逆噴射小説大賞2023より個人的ピックアップ

🐐PICK UP!

 こんにちは、わたしは餅辺です。あなたはインターネット上の奇祭、逆噴射小説大賞をご存じでしょうか。これは大雑把に説明すると、『最もエキサイティングな小説……の冒頭800文字+タイトル』で覇を競い合うコンテストです。

 開催は今年で6回目。応募総数はなんと約300。わたしは全作品読破しましたが、どれも多様性に富み、わずかな文字数の中に趣向を凝らしたパワーあふれる作品ばかりでした。是非あなたにも読んでほしい。……ですが、冒頭800文字とはいえ300作あれば240000文字。文庫本2.4冊分にも相当します。全部読む必要はまったくないとはいえ、そう考えると少し足踏みしてしまいますよね。

 そんなあなたのために、今回わたしは全応募作の中から9作品をピックアップし、当記事でその面白さをご紹介させていただくことにしました。「へえ、そんなのやってるんだ?」とお思いになられたら、是非これらの作品だけでも読んでみてください。

 では前置きはこれくらいにしてピックアップを始めて行きましょう!




1.スペルバウンド

 会話文、小道具、呼び方、その一つ一つの言葉の使い方が丁寧で、異文化圏に放り込まれたアキヒトの状況が明確に説明せずとも伝わってくる。そこから彼への親近感が自然と湧いてくる。わたしはアメリカに住んだこともないし、スペリングビーも聞いたことがない。それでも臨場感を感じられるのはそのためだろう。

 友人であるイビサのキャラ立ちも良く、断片的な描写から自然と容姿がイメージできる。|がんばって《Ganbatte》で通じ合う様も非常に美しい。文法だとかスペルだとかそういうものを越えて通じ合っている。その2人が挑むのが綴りの正確性を求めるスペリングビーだというのがさらに話を面白くしている。わずか800文字を読み終える頃には、イビサのするべき『正しい質問』とは、と自然と一緒に考えさせられている。すごい。


2.フレンジー

 『勇者』『魔王』『王様』。ゲームが好きな人間にも、最近はそうでない人にも、これだけのフレーズがあればある程度は作中世界を想像させることができるだろう。一方であまりに便利すぎるためか、そこで世界観が収束してしまい、後は登場人物がどれほど個性的か、珍妙な設定を放り込んだか、と出来合いのパッケージのカスタム具合で個性を競うような形になりがちだ。

 一方、この作品はどこか冷静で、虚無的で、自身の入れられたパッケージを静かに俯瞰している。『勇者が魔王を倒す話』は勇者の死によって早々に否定され、『人間が魔王を倒す話』をも王様の非力さ、民衆の愚かさの描写が否定していき、『魔王が人間を滅ぼす話』という安易な逆張りを王の激情が否定する。後に残るのは強い感情に満ちた王様だけだ。

 その上、彼はこだわりが強い。使えるものはまだまだあるだろうに、ヒノキの棒とおそらくは10Gのみで冒険の旅に出ようとしている。誰もが想像できる『ファンタジーの王様』としての最適解をスパッと否定する。テンプレートに沿うことで、テンプレートに徹底的に反逆しているのだ。それが先の読めなさと独特の面白さを生んでいる。

 王様の旅路はどうなるのか。順当に旅を続け、魔王とすら対峙するのだろうか。意外にも簡単なことで死んでしまい、次の視点へと話が移るのだろうか。けれども彼は、少なくとも簡単に諦めはしないだろう。


3.埼玉湾に沈む

 埼玉湾。突拍子もない言葉だが、その成り立ちは簡素に説明され、過度に語られることもない。それでも少しも安っぽさがないのは文章全体の構成の巧みさだろう。使われている言葉が日常的、あるいはその延長で収まり、ゴテゴテした用語がないのも特徴だ。実在しないものばかりなのに、自然と頭の中で実体が伴われていき、作中世界の映像が浮かび上がってくる。

 主人公である灰谷には迷いがない。手慣れた手つきでケイ素生物を釣り上げ、戦い、捌き、情報を再生する。ケイ素生物とはあれこれで、変形するのはどうしてで、なんていちいちモノローグを挟まない。その迷いのなさが世界の明確さを補強していく。

 灰谷が何者で、どういう目的で釣りをしていて、情報を漁っているのか。そんなことは暗示すらされない。それでもしっかりした世界像が出来上がっているので、この世界を、そこで生きる人々のことを、そして彼らが知りたがっていることをも知りたくなってくる。この作品にはそういうパワーがある。


4.誰も賽を裏切れない

 わたしは平凡な主人公が好きだ。そしてこの作品の主人公は正しく平凡だと思う。無論、褒め言葉だ。異常な状況下に放り込まれ、それが勘違いであると祈りながら、為す術もなく巻き込まれていく。状況の切迫感、特異性も過不足なく伝わってくる。大きな動きこそないが、堅実で、力強い。

 特異な世界観を描写し、それに介入する力を手に入れた時点で話は終わってしまう。物足りなさを感じる人もいるだろうが、わたしにはむしろそれが好みだった。ここからどう話が広がっていくのか。何が確定し、何が否定され、主人公は何を手に入れ、手放していくのだろうか。それを期待させてくれる一作だ。


5.三十八万キロメートルの花束を

 言わずと知れた竹取物語は、かぐや姫が月に帰った後、不死の薬を捨てさせてしまうところで終わる。彼女がいない人生に何の意味があろうかという後ろ向きな結末だ。

 けれどもこの作品では薬を飲んでしまう。それも劇的なドラマがあるわけでもない。他愛もないおかしみによってだ。押し付けがましくもなく、くどくもなく、それでもどこかリアリティがある。もうこの時点で面白い。それをさらに面白くしているのは、この先が彼自身ではなく、彼が発展させた未来を生きる第三者の視点で書かれていることだ。

 可多子は千年以上も前の話なぞ知らない。月に誰か住んでいるのかなんて考えたこともないだろう。それでもしっかりした熱意とプライドがあり、強い目的意識を持って宇宙船に乗り込んでいる。彼女の目的は彼とはまるで違うものだが、重なり合って交わっている。そこにエネルギーがある。スケールの大きなタイトルもロマンを感じさせ、とても好きだ。


6.土蔵は下へと旅を紡ぐ

 現代社会にダンジョンが現れる作品は多いが、この作品では社会変化を伴わず、ファンタジーからの流出品を持ち出そうともしない。話は田舎の土蔵に終始している。その上、タイトルからも横の広がりがまったく見えてこない。なんだか罵倒のようだが、これも褒め言葉だ。気兼ねなく楽しむべきところに集中して楽しめる。

 状況の説明は簡素で、それでいてユーモアがあり、流れるように現代社会からファンタジーへ、そしてそれらの融合へと帰着し、主人公の動機と覚悟が示され、滞りなく冒険へと繋がっていく。話の要点を捉え切っている。こういうことは簡単に真似できそうで、実際にやってみると歯抜け感の溢れる駄文になってしまう。そうならないのは高い筆力の成せる技だ。

 そうの祖父の過去、エルフのヴィシュミアの目的、最深部に待ち受ける魔剣の断片。謎は多いがとっ散らかりはしていない。ダンジョンというシチュエーションもあるが、タイトルのおかげでもあるだろう。土蔵は偉大だ。

 それと共感が得られるかはわからないが、走の『くそファンタジー』という毒づきがとても好きだ。『クソファンタジー』だと軽過ぎる。『糞ファンタジー』だと汚らしい。流れを崩さず、いい塩梅に感情が伝わってくる。好きだ。


7.悪魔の風の軌跡

 まず冒頭部。山火事という甚大な災害を描写するに辺り、大まかな情景描写で全体像が提示され、数字で細部を整え、ゾーイの体感を通して肉付けされている。短い文章だがそれで十分に脅威が伝わる。まったく無駄がない。まずそれがすごい。

 ストーリーの流れも極めて自然だ。山火事は緊迫する状況だが、長続きすれば徐々に中弛みしていく。その上、主人公はまるで事態に興味がなく、どこか他人事のように見ている。緊迫しているはずなのに緊迫していない。登場人物は少し気を抜いているが、俯瞰する読者は不穏さを感じている。

 その区間を利用して主人公の背景が説明され、謎が散りばめられ、そして『火事に人の手が関与した』事実が突然物語を加速させる。地上を見ていたゾーイの視線が、無線をきっかけに空へと移るのも変化を大きく印象付けている。それでいて読者には予感があるから唐突さもない。

 ゾーイの罪、その家族の謎、兄の秘密と意図、ディアブロ山周辺で起こる一連の出来事の背景。ファイア・ウィルの発祥。ざっと書くだけでもこれだけの謎がある。物語はどこに着地するのか。ハラハラしながら読み進めたくなる一作だ。


8.鼎蒼の加護

 今年の応募作の中で、読んでいて一番心地よかった作品だと思う。解放という名の落下から始まり、謎を残す回想シーンを挟み、一度は沈みながらも海上へ浮上する。綺麗な文章の流れと滞りのないストーリー展開が見事に一致しており、美しく、純粋に読んでいて楽しい。

 最後まで読めば主人公の正体も朦朧していた理由も分かるが、その事実は自然に伏せながら丁寧に描写されている。読み返せばそれが分かる。意識の晴れた主人公の思考と連動するように、疑問を浮かべながらも読み進めていた文章が意味あるものになっていく。

 『姐さん』は歩くことしかできない。だから彼とは違い、脱出するルートがない。冒頭の脱獄シーンは、自然と彼女も同じように逃げられるのだと思わせるが、実はそれが不可能だ。そう気付いた瞬間、主人公の焦りと思わず同調させられた。

 これらだけだと800文字の中で完成してしまい、続きへの興味も失われてしまいかねないが、最後に付加される意外なキャラクター性が興味を惹きながら【続く】へと繋げている。

 もう少し知りたい。もう少し先を見たい。それを繰り返しているとあっという間に夜が更けている。そんな作品になりそうだ。


9.疾風天救 雷鳥騎士団

 まず第一に、カッコいい漢字がズラリと並んだタイトルが目を引く。その先に待っているのは壮大な世界観と仰々しいキャラクターだ。こういう作品は変に臆したり「へへ……ちょっと大袈裟ですよね? 俺もホントは分かってるんすよ……でも……ね?」みたいな腰抜け感が滲み出てくると一瞬で台無しになってしまうものだが、この作品はカッコいいタイトルで惹きつけ、舞台設定、情景、アクション、そして台詞回しで思う存分期待に応えてくれる。ワクワクするものしか詰まっていない。

 兎にも角にもこの冒頭、アレナミ号とその騎手は一発でわたしの心を掴んでくれるものだった。下手な解説はかえって無粋になる。あなたには今すぐこの作品を読んでほしい。そう強く思う。


未来へ

 これで紹介はおしまいです。どの作品も極めて魅力的なので、その魅力の一端でもあなたに伝えることが出来たのならば幸いです。しかし明言しておくと、これが逆噴射小説大賞2023の全てではありません

 応募作をすべて読み、そこからたった9作を選ぶという苦しみを、吐いた血反吐を繰り返し圧搾しながら味わったわたしは知っています。これら以外にもメチャクチャ面白い作品がまだまだあります。そして人の好みは千差万別。あなたの心にドンピシャでブッ刺さる素晴らしい作品は、その中に埋もれているかもしれないのです。

 わたしはあなたではありません。なのであなたにとっての至高の作品をピックアップできたとは限りません。それができるのはあなただけなのです。ですから是非他の応募作にも触れてみてください。若干の労力こそ必要ですが、心に突き刺さる作品を見つけ出す喜びは何事にも代え難いものです。

 そして何より、逆噴射小説大賞の作品群は冒頭800文字に最適化されています。世に小説コンテストは山とありますが、この喜びをこの手軽さで味わえるコンテストはそうそうありません。そしてそれはあなた自身が手と目を動かし、読んでいくことでしか感じられないものなのです。

 当記事を読んで興味をお持ちいただけたのなら、下記のマガジンを開いてまずは1作、ほんの数分読んでみてください。その先に必ず、素晴らしい体験が眠っています。

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【おしまい】


それは誇りとなり、乾いた大地に穴を穿ち、泉に創作エネルギーとかが湧く……そんな言い伝えがあります。