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2020-2030年 日本酒業界の動き

日本酒は日本の酒である。
厳密には日本独自の酒のうち、米を用いた醸造酒で濾したものと言ったところだろうか(厳密な定義は酒税法を参照)

日本には数百の酒蔵があるが大半は家族経営に近く世襲制である点、また杜氏(酒造りの監督)の名前が表に出る場合が多いことから、「人の顔」が見える製品でもある。

普通に日本酒を飲むうちは気付かないが、マニアックになってくると「あの蔵の○○さんは」と言う話になってくる。

ただ、そうした情報は酒場だけの情報となり残らない。
一部の情報はSNSなどに掲載されてそれなりに注目されるが、後から調べようとするとなかなか見つからない。

そうしたことがもどかしいので、ここに日本酒界隈の情報を記録することにする。
尚、掲載の誤りや訂正、追加情報等があればコメント欄にて受け付ける。


2022年

11月

笑亀酒造の蔵元(社長)である丸山大輔容疑者を妻殺害の容疑で逮捕。

笑亀酒造 長野県塩尻市
小さな酒蔵にありがちなパターンであるが、かつては地元の大富豪として栄えていたパターンが多い。
酒造りはまず大量の米を買い付け、杜氏などの酒造り季節労働者を雇って酒造りをして販売をする商売であり、地域では圧倒的な金銭的余裕がないと成り立たない商売であった。
令和の現在では経営や跡継ぎに悩む酒蔵も多いが、それでも地域では一番の屋敷に住み地元の名士となっている酒蔵が大半である。
丸山大輔容疑者も酒蔵の蔵元(社長)でありながら長野県議会議員を務める地元の名士であったが、このような結果となってしまった。
酒蔵は結局、代表者を原田大輔とし、杜氏は森川貴之が継続して屋号を「和饗酒造株式会社」として継続。

2023年

8月

永山酒造の杜氏「永山源太郎」氏が逝去

永山酒造合名会社 山口県山陽小野田市
8月31日に「山猿」と言う名の日本酒で知られる永山酒造の杜氏である永山源太郎氏が31歳の若さで急逝した。
酒蔵では従来は蔵元(経営者)が季節労働者の杜氏(酒造りの監督、現場責任者)を雇用していたが、近年では経営者自ら当時となる例が増えており、源太郎氏も6代目蔵元となる予定の杜氏であった。

永山源太郎氏は東京農業大学を卒業後、島根県の酒造会社「李白」で酒造りを学び2018年に実家である永山酒造の先代杜氏、寺谷進氏の引退に伴い杜氏に就任。鑑評会で受賞するなど杜氏として才能を発揮していた。

尚、山口県には日本酒「貴」で知られる永山本家酒造もあるが元々は同じ酒蔵。元々の会社を事業分割し長男が山陽小野田市に蔵を新設して永山酒造合名会社となり、次男が創業蔵を引き継いで永山本家酒造となった。

10月

新政酒造の杜氏「植松誠人」氏が退職

新政酒造株式会社 秋田県秋田市
「No.6」などの日本酒で有名な新政酒造の杜氏が「植松誠人」氏が退職。2003年に入社し、2007年から杜氏を務めていた。新政酒造では今後は当分明確な杜氏役を置くことはないとのこと。

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