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天の神様の言うとおり


私は占いを信じるタイプだ。

手相もタロットも算命学でも、なんでも楽しい。よく「そんなことで運命がわかるわけないだろ」と野暮なことを言い出す輩がいるが、そういう人はちょっと人生を楽しむ才能がないと思う。占い師さんは大抵話し上手で人の本音や深層心理を暴くのが上手い。自分のことをわかってもらえたような気持ちになるし、未来に少し希望が持てるから占いは楽しいのだ。
以前スピリチュアルな友人に私のことを占ってもらったことがあるが、すごく的を得ていて心に結構な爆撃を食らった。まあこれは好みだと思うが、私はあまりにも耳障りの良いことだけをつらつら並べられるより、ズバッと言ってくれる方が聞いていて面白い。悪いところも「ごもっともです」と思うので反省にもなる。ちなみに私は占いで「圧のあるドM」「愛のボリュームが壊れてる」「自分の心の痛みに鈍感なので人の痛みもよくわからない」などなど言われたことがある。こうして並べてみると最悪だ。絶対に友達になりたくない。


大学生の頃に行った手相占いでは、
「結婚もするし子どもも出来る」と言われた。
えーっ!//と胸をときめかせた19歳の私、聞こえますか?30歳の私です。確かに子どもはいますが結婚はしていません。ついでにあの時の占い師さん、聞こえますか? おい、どうなってんだ?

とはいえ、「別に当たらなくてもいい」そういう気持ちで占いをしてもらっている。なので私に「結婚もするし子どもも出来る」と言った占い師を本気で恨んでいるわけではない。



そんな占い大好きっ子の私だが、朝の星座占いというやつには少々疑念が生じてしまう。


つい先日、私の星座は1位だった。
「当たらなくてもいい」の真骨頂である星座占いも、1位になればなんとなくハッピーだし、最下位だと ひぇッ…となる。

しかし問題なのはその内容だ。

「運命の出会いがあるかも!」という、1位にも程があるだろというもの。運命の出会いなんて人生に何度も訪れるものではない。そんな一大イベントを予言してしまっていいのか。そもそも星座占いなんて当たるわけないとは思っているがそれにしても運命の出会いとはあまりにも大嘘こかれている気分になる。
それでも私はその日1日そわそわしたし、もちろんそわそわ損で終わるのである。そうして思うのだ。「な〜〜にが運命の出会いじゃ」と。その日出会った人なんて、息子の散歩ですれ違ったおじいちゃんくらいなもんである。1位は1位だとしても、せいぜい「自販機でもう1本当たるかも!」とか「道端で赤ちゃんに微笑み掛けられるよ!」など、「なんかマジでありそう」くらいなハッピーにしておくべきだと思う。「運命の出会い」はあまりにも欲張りすぎだ。星座占いのくせに。

私が朝の星座占いを監修するのであればもう少し現実味を帯びたハッピーにするのにな、と考えていたがもし本当に私が考えてしまったら私怨を詰め込み過ぎて毎日うお座が最下位になる。しかしそうするとこの世の心優しいうお座や、うお座の友人がかわいそうだな…と思い直した。


そこでこちらが改良版。


「ごめんなさ〜〜い!今日の最下位はうお座で2月生まれの関東在住35歳寅年の身長183センチ、電子レンジと調味料と洗剤が嫌いなあなた!
外出すると犬のウンコを踏み、和彫の刺青が入った屈強な男に絡まれボコられ息も絶え絶え、生ゴミにダイブしちゃうかも!引きこもっても家が爆破しちゃうので注意!

そんなあなたの月を回復するラッキーアイテムは養育費!それでは良い週末を♪♪♪」


これで完璧だ。


こんな星座占いなら毎日でも観たい。

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