見出し画像

「平和」という奇跡を起こそう!

noteを相互フォローしている井ノ口人さんの記事を読んで,「HEIWAの鐘」という曲を知った。私は畑違いなので初めて知ったのだが,合唱コンクールでよく歌われる合唱曲らしい。この曲では,「ぼくらの生まれたこの地球(ほし)に奇跡を起こしてみないか」「君が一人立てば変わるのさ」と歌っている。確かに平和は奇跡なのかもしれない。人類の歴史は戦争の歴史,平和な期間は本当に短い。でも,人類はその愚かな行為から,どうすれば戦争をなくせるかも考えてきた。その1つの結論が日本国憲法の前文や第9条である。「戦争放棄」を前面に訴え,今でも進歩的な憲法である。多くの武力を持つ国が相対的に強く,相手国に勝つことは自明であるが,それではさらなる軍拡競争を引き起こすだけなのである。核兵器のある時代だからこそ,使用すれば勝者も敗者もない事態となるのだ。紛争があれば,武力以外の手段で解決する,日頃から平和外交に徹すること,敗戦の反省から70年以上も日本が続けてきたことだ。殊更に,憲法改正による軍事強化を主張する勢力には違和感しかない。

広島に原爆が投下された8月6日から終戦記念日の15日に掛けての期間は,テレビ局で戦争特集がよく組まれている。民間放送では戦時中の暮らしなどの題材にしたドラマがたまにあるが,ほとんどはNHKによる放送である。原子力爆弾の威力を検証したり,インパール作戦の生存者にインタビューしたりが主なものである。戦争経験者も国民の1割強程度となり,どの程度,心に響くのかは未知数だが,この戦争特集は悲惨な太平洋戦争の経験を引き継ぐためにも,続けていくべきである。このように東北の片隅で戦争反対を叫んでいると,「命を賭して日本を守ってくれた英霊に対する屈辱である」等の反論が聞こえてくる。でも,私は戦没者をさげすむために反戦を叫んでいるのではない。日本軍部の空っぽな作戦に全ての責任があると思っている。


6年生の社会科で日本の歴史を教えるために,前々から戦前・戦中の状況等を自分なりに調べたり,前述の戦争特集テレビ番組を視聴したりしてきた。兎に角,日本人がムードに流されることに恐ろしさを感じる。戦争反対を訴える暇もなく,社会全体が戦争へとシフトしているのである。「靖国で会おう」を合い言葉に出征する若者たちは,日本が誇る(?)精神主義の最たるもので,この辺りは高橋哲哉「靖国問題」(ちくま新書)に「魂の錬金術」として詳しく解説されている。この精神主義と同じ比重なのが,人命軽視である。国力や経済力のかなわない大国と戦うために,日本は多くの人材を投入したのである。換言すれば,人間を武器として使用したのだ。当初の短期決戦が計画通りに進まず,食料や医薬品,兵站(へいたん。物資の輸送や人員の配置等)が整っていないのに徹底抗戦することしか考えていなかったことにある。軍部の指揮系統の不備で,前線の兵士たちが大量に亡くなったのである。金属や燃料不足で戦っているから,最後の2年間はゼロ型戦闘機や人間魚雷である「回天」の特攻作戦に頼るしかない事態に至ることとなる。機体軽量化のために胴体の金属板を薄くする,行きの燃料だけを積載する等,日本軍の人命軽視には枚挙にいとまがない。昨日届いた吉田裕「日本軍兵士」(中公新書)をぱらぱらと読み始めたところだが,「310万人に及ぶ日本人犠牲者の9割は1944年以降で,特に高い餓死率,30万人を越えた海没死,戦場での自殺と『処置』,特攻,物資欠乏…」と異常な戦場の様子が描かれている。悲惨な目に遭うのは訳も分からずに戦場に送り込まれた一般の兵士だし,極々普通の庶民なのだ。戦争はご免だ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?