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自己観察から見えたもの 1

自己観察から見えたもの


はじめに


初めまして!イラストレーターとして活動しているつくもともよよです。
普段は3人の子どもを育てつつ、イラストや漫画を描いて仕事しています。
『自己観察から見えたもの』は、私が2023年の8月から始めた自己観察について、どういう経緯で始めたのか、なぜ始めたのか、やってみてどうだったのか、何がわかったのか、を書いていきたいと思います。
自分に自信がない人、周りにどう思われるか気になる人、自分がやりたいことをやれなくてモヤモヤする人、どうにかそれを脱出したい人、ぜひ読んでみてください。


『私、土グループだ!』


2023年8月下旬

私が入っているイラストのオンラインコミュニティでは同業の人たちがたくさんいて、フリーランスとして自宅で作業している人が多い。コミュニティでは作業通話できるように、オビスというバーチャルオフィスツールが用意されていて、私もよく活用させてもらっている。
その作業通話でその頃よく話題に上がっていたのが、『となりの雑談』というポッドキャストのラジオ番組だ。
そのとなりの雑談の話題を友達が喋っているのを聞いて、何だか面白そうな話をしているな!と思い、私もそのラジオを聞いてみることにした。
となりの雑談のメインパーソナリティはコラムニストのジェーン・スーさんとクッキー屋さんを経営しつつ雑談を仕事にされている桜林直子さん。となりの雑談を聞くまで、私はお二人のことを知らなかったのだけれど、エピソード1から順番に聞いていくと、お二人がどんな人かだんだんわかってきた。
その中で語られる、生きづらさを抱えた『土グループ』の人たちの話を聞いて、「うわー!すごいわかる!」「これ私のことだ!」と思った。

土グループとは…
となりの雑談のエピソード6「私、土グループ」で、
自分自身が全部悪いと思ってしまう思考の癖を持ちすぎて、自分に禁じることが多すぎて、結果、他者に厳しくなってしまったり、チャンスを逃したり、「だってそこで話しかければいいだけの話じゃん?」と思っても、「これができないのよ〜」っていう人たちのことを土グループ、と呼ぶようになったと語られている。

私が思うに、土グループの人は過去、他人に​自分と他人の境界線をぐちゃぐちゃにされた経験があり、その影響で自分で物事を決められ無くなったり他人の視線が気になったり、「自分のせいだな」と考えがちな人が多い。
ちなみに、土グループでない人には、土グループの仕草(略して土仕草/土グループの人特有の行動、言動など)は理解できないらしい。土グループの人はすぐに「わかる〜〜!」となる。

少しだけ、私が考える「土グループってこんな感じ」を書いてみた。
・自分の欲、自分がやりたいなってワクワクすることを表明すると、否定されたり、諦めさせられた経験がある。だから、欲を出す前に勝手にもう諦めてる。「私なんかが望んでも叶わないよね」と欲が湧いた瞬間に打ち消す。だから、欲を口に出したりしないので実現しない。
・他人から自分は好意的に見られてるだろうか?嫌われてないだろうか?と他人の視線、他人の機嫌ばかりうかがっているので、自分はどう思うか?という自分の感情に鈍感。
・自分の感情を出すとジャッジされる(それはダメ!と怒られたりする)のが常なので、許可がないと感情が出せない。なので、他人に人生のハンドル握らせることになる。すると、なにをやっても「これは正解なのかな?」と正解探しをしてしまう。他人に許可を出してもらわないと不安になる。
・自分のわくわく!する気持ちが、自分の生きる価値にならないので、他人を喜ばせることが自分を満たす価値あることになってしまう。
・他人の期待に応えるために頑張ってきたので、他人に望まれていないこと、他人の役に立たないことは意味がないと思ってしまう。自分のこれをやりたい!ワクワク!という欲が意味のないことになってしまう。
・人生楽しんでなんぼ!ではなく、人生嫌なことを避けるために対処する、自分を合わせていく、だと思っている。なので、嫌なことを見つけるのが上手くなる。​​​​​​​​だけど、何か周りから嫌なことをされても「自分が上手く対応できなかったからだ…」と自分を責めがち。どうすれば相手に気に入られるだろう?と自分から嫌な人に近づいていくことをしがち。

これを読んでみて「わかるー!」となった人は、土グループに属しているかもしれない。


私がとなりの雑談を聞いて特に刺さったのは、エピソード26「こころの泥掃除」の回。
桜林直子さんが、雑談の仕事で出会った、あれもやりたい、これもやりたい、で色々やりたくて手をつける人。周りからみると「色々やりたいことがあっていいね」って言われるけど、本人はどれがやりたいか分からないから色々手をつけてしまうらしい。一個ずつやってる時、「これで正解かな?あってるのかな?」と思う。本人としては、やってみたら「これだった!」と思うものが見つかると思ってるから、色々やってみるらしい。
この話を聞いた時、「あ!この『これで正解かな?合ってるかな?』っていう感覚めちゃくちゃわかる!誰かと何かをやる時、これで大丈夫だろうか?変に思われないだろうか?ちゃんとして見えてるだろうか?私がやってることは正解だろうか?っていつも考える!」
と思った。
その話の続きで、桜林直子さんは「(やりたいことを見つける時、これで正解だろうか?と思いながらやって、やっていく中でこれだった!が見つかるということが)多分違うと思う」と話されていた。
「子どもの習い事とかだったらやってみないと合うものがわからないこともあるかもしれないけど、大人だったらもう少し『自分の欲』を知らないと何も選べない」「目の前の何をやりたいかというよりも、もっと大きいしんにある『欲』を先に知った方が良いのでは?」と。
…この話を聞いた時、
頭をガーーーンと殴られたような衝撃があった。
私もずっと、やってみたら「私にはこれだ!」が見つかると思っていた。
そうではなかった。私に足りなかったものは、『自分の欲』を知ることだったんだ!
そう気づいた時、いつもぐるぐる同じ場所で動いて「あれじゃない、これじゃない、でもどこにあるんだ、どうしたらいんだ」と右往左往していたわたしの目の前に、新しい、まっすぐな白い道が見えた気がした。

土グループというものを知り、頭をガーーンと殴られた私は、となりの雑談にめちゃめちゃハマった。それから毎日、となりの雑談を繰り返し聞いて、スーさんとサクちゃんの言葉を何度も何度も頭の中で咀嚼するのだった。

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