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浜松の象徴 松菱百貨店  さやのもゆ


 松菱百貨店は、1937年(昭和12)6月1日に浜松の中心街(浜松市鍛冶町124番地)に開店した。実に今から(2023年)86年前、太平洋戦争(昭和16年)が勃発するより以前の事である。
ご承知のように旧浜松市民はもとより、遠州人なら知らぬ人とて無い、浜松市を象徴する老舗百貨店であったが、2001年(平成13)11月14日に突然の破産申告を以て倒産した。
戦前より戦中・戦後の激動の時代の中、壊滅的な戦災からの復興と発展を遂げ、今日の浜松を作り上げるに至った過渡期を、浜松市民と共に乗り越えてきた、64年の歴史。
その幕引きは市民にとって余りにも唐突であり、その心に大きな衝撃と空虚をもたらした事だろう。

今年、2023年(令和5)は松菱百貨店が閉店してから22年目になる。すでに店舗自体は解体されて更地となっているが、ここに松菱百貨店があったという事実は無くならない。そして、社員として業務に携わったり、あるいはお買い物や娯楽で訪れたり、といった老若男女各々の記憶や思い出は、かつて店舗の存在していた大きな空白を埋めて余りあると、私は信じている。
浜松に誕生し、時代と世代の移りかわりと共にあった松菱百貨店。膨大な歴史のすべてを記すことは適わないが、その一端をここに著わすことにより、少しでも多くの皆様に松菱百貨店の思い出を共有していただければ幸いである。

 浜松と松菱百貨店の思い出を語る ~ある座談会より~

(元松菱社員Fさんの話)
―松菱時代の僕らの先輩も、だんだん亡くなってしまいまして・・・。今ではもう、80か90歳位になられますから。当然、その先輩方は松菱の最期の時を知らないわけですが、僕は倒産の時、54歳でした。
 昭和46年に松菱に入社しまして、2年間の売り場勤務を経て後、外商部に配属。ここで30年間にわたり、松菱の閉店まで勤め上げました。
 それは2001年11月13日の午後4時のことでした。
定期的な役員会に出席すると、社長より開口一番
「本日をもちまして松菱は自己破産します」と、いきなり言われてビックリ。何も考えられませんでした。
お客様との商談や集金、それに昔からお付き合いのあるお客様が何百人もいらっしゃるものですから-ご挨拶もしなきゃなりません。
それに、11月14日の閉店の時点で、外商部には40数名の男性社員と5名の女性事務員が勤務しておりましたので、彼らの再就職先を何とかしてあげなければ、と必死でした。会社を再建、などという考えはハナから吹っ飛んでいましたね。
とにかく、自分の事よりそっちのほうが優先になっちゃって。あっという間に時は過ぎていきました。
 当然ながら、倒産に伴って銀行が封鎖されてしまって。そうすると、売掛金が会社に入ってこなくなります。だから、我々が人海戦術で一軒々々お客様のところに集金に行かなきゃならない。そうしましたところ、お客様とは長いお付き合いだった事もあり、すべて回収することが出来ました。
 むしろお客様の方からお電話があり、「早く、集金に来い」と、逆に催促してくださった一幕も。「皆さんの給料の一部になればいいから」と、言っていただきまして、集金したお金の使い道よりも、我々のことを大事に考えて下さいました。
これは、ひとえに松菱百貨店として創業以来の、長い歴史のおかげであると思います。そのお客様も、今はこの世にいませんがー。とにかくお客様、そして会社としての松菱には、感謝しかありません。
また、松菱の労働組合が、当時としては非常に進歩的で立派な組織だったことも幸いしました。組合では、二十年ほど前から退職金の保全を図っておりましたので、百パーセントとはいかないものの、ある程度の金額が担保されていたのです。おかげ様でそれを配分することが出来ました。今思うと、つくづくよかったなあ、と。
閉店から、翌年(2002)2月中旬まで会社の残務整理を行い、ついに会社としては解散―ここに松菱百貨店の長い歴史が終わったのです。
                 (つづく)
『松菱クイズ』その①

松菱百貨店に、静岡県内で初めて『全館冷房』が完備されたのはいつでしょうか?次の4つからお答えください。
   ① 大正15年   
   ② 昭和18年
   ③ 昭和27年
   ④ 昭和35年

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