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*gʰrebʰ- [gravure]

印刷技術まわりのあれこれ

"墓"のgraveと、音楽の"groove"と、グラビア"gravure"は同語源。音の響きからも"grv"が共通しているのでつながりは想像がつくが、どういう経緯か。いずれも語根 *gʰrebʰ-からで「引っ掻く、掘る」という原義。-graphやcarveの語源の *gerbʰ-と意味も音も似ているが、これは別もの。他に似ているが grab, grasp, greifen, ग्रह (graha)の語根 *gʰreyb- とも別。みんなガリギュリ系なので共通の音象徴のイメージはありそう...。

*gʰrebʰ- : grave, groove
*gʰreyb- : grab, grasp
*gerbʰ-  : -graph, carve

「引っ掻く・掘る」から「墓」の "grave" になったり、「掘った溝」の "groove"になるのは想像しやすい。gravureは少し複雑。graveと同じく「ほる」こと(但し「彫る・彫刻」)が関係している。印刷用語としての始まりは、金属製の鎧に彫刻した模様にインクを刷り込み、紙などを当てて写し取ったことから来ているらしい。gravureはフランス語で彫るという意味だが、凹版印刷のことを指すようになる。日本語での「グラビア印刷」という用語は、ドイツの社名の商標の普通名称化から来ているようだ。本来は印刷方式(凹版の一種)のことを言っていたが、グラビア印刷が得意とする美術系写真の印刷というところから、雑誌の写真ページやそこに出てくるモデルやジャンルのことを指すように変化した。

他に気になる印刷技術からの言葉といえば「クリシェ」。仏語の Cliché あるいは 英語の Stereotype とは もともと印刷用語。鉛版(ステロ版)のこと。鉛版印刷物のように(ハンコをついたように)繰り返し同じものが出て来る、という意味。鉛版と相対するものは「活版」。鉛版は1枚ものでそれ以上変化が加えられない(stereo=固定、type=文字)のに対し、活版(moveable type)は組み換えができる(moveable=可変、type=文字)。鉛版は、活字から紙型を形成し、それに鉛を流し込むことで作られていた。

現代では「版」を使わない、レーザープリントのオンデマンド印刷が主流になっているが、「版」はフレキソ印刷やオフセット印刷で引き続き使われている。多くの場合アルミ製の板で、輪転機などでは、ロール状になっているので「版胴」とも呼ばれる。その「版」(あるいは 刷版や版胴とも言う)のことをヨーロッパの印刷業界では今でも「Cliche」と呼んでいる。

Cliché は 英語の Click と同語源と思われるが、金属製の印刷用具が音を立てることから、印刷(コピー)することという意味が派生したらしい。

凹版印刷で刷版にインクを補充するための、表面に超微細な彫刻が施されたロールをアニロックスロールというが、Aniloxも商標の普通名称化したものだ。Aniloxはアニリンという染料の名称から来ているが、Anil-と-in(有機化合物の語尾)の合成語。anilは藍という意味だが、ポルトガル語←アラビア語←ペルシャ語←サンスクリットから来た「藍色・暗い青」という意味のनील (nīla)という語。お茶のNilgiri(青い山)のnil-だ。(Nilgiriはタミル語の地名だがサンスクリット起源の単語)

印刷技術業界の用語を調べてみると、各国の文化的特徴や歴史が見えてくるようで面白い。ドイツはグーテンベルク 聖書を輩出したように、金属加工の職人芸が秀でているようで、紙幣印刷やナンバリング技術など高速輪転機が日本と並んで世界で評価されている。Aniloxやアニリンもドイツ語を経由しているらしい。イタリアは絵画の歴史が長く深みがあるためか、インクの取り扱いに定評がある。16-17世紀の印刷技術の中心はパリだったようで、そうしたことが英語へのフランス語からの借用に関係しているかもしれない。

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