【1993年前半のこと】初めに尾崎豊のことを少し、ユニコーン「スプリングマン」、ブルーハーツ「DUG OUT」、そして小沢健二「天気読み」。

昔の話を、当時聞いてた音楽と自分の周辺のことを絡めて書いています。これは1993年の前半の話です。

1993年。この頃の空気をどう説明したら良いだろうか。バブルは既に終わっていた。熱狂は去っていたし、その反省も白々と呟かれていた。でもまだ「世紀末」は始まっていない。今すぐ死ぬような事件・災害があるわけではない。楽しいこともない。このまま何もないかもしれない。

延々と続く、平坦な道。フリッパーズ・ギターが「世界塔よ、永遠に」で歌う「僕は穏やかに死んでゆく。ひどく緩やかに死んでゆく」という歌詞は気取りや諦観ではなくリアルだった。大きなできことは既に終わってしまったという感覚もあった。斉藤和義のデビュー曲の「僕の見たビートルズはTVの中」というタイトル。見渡す限り凹凸の少ないのっぺりした風景をみていた。KANは「まゆみ」で優しく歌う。「可もなく不可もないそんな生活に」「これじゃないあれも嫌それは深刻で」「騙し合い慰め合い心持たないよ」。終わりなき日常と平坦な戦場。予言的なリアリティでテロを描いた映画「機動警察パトレーバー2」。この作品で描かれる東京は、そういう「終わりなき日常」を享受する「眠る東京」だ。湾岸戦争は、戦争からリアリティを奪ってしまった(と、言われていた。TVゲーム戦争とか言われて。もちろん、実際はそんなことはない)。そして、一周回ったあとのような二重の膜をかぶったようなコピーのコピーとしてのリアリティ。ドラマ「高校教師」の閉塞感。

このまま世紀末すら来ないんじゃないだろうかと思えるような、逆にこここそが無間地獄なんじゃないかというような、いっそ世紀末が来だてほしいと待ち望むような。今から思えば呑気で贅沢だったかも知れない。だけどその無味無色で乾燥しつつ重たい空気を思い出す。

自分は理系の学生で、この年は学生生活を終える年でした。翌年の就職を控え、覚悟の決まらない日々。就職先は決まっていた。でも先は見えない。やるべきこともやりたいことも曖昧。
そんな狭間の時期に実は尾崎豊にハマっていた。きっかけは友人にすすめられたこと。91年の尾崎豊の死のあと、彼のファンを公言していた友人はかなり憔悴した様子で日々を過ごし、お酒を飲むとしきりに尾崎豊をレコメンドしてくる。それで、興味をもって聴いてみてその時の気分にぴたりとはまってしまった。たぶん尾崎の歌に漂う「甘え」の香りにひかれていたのだと思う。尾崎豊は優しい。自分の代わりに傷ついてくれる。そこが麻薬だ。
でも別れは突然やってくる。ある日、「シェリー」という曲を聴いていて、こんな彼女居るかな?と思ってしまった。「俺は正しく笑えているか?」って聞かれて、「うんうん笑えてるよ。大丈夫だよ」って言ってくれる彼女なんているか? まるでお母さんじゃないか、そう思ってしまった。そうしたらもう駄目だった。魔法が解けてしまった。例えば「路上のルール」の歌詞「俺は自分のため息に微笑み、」。大人になってまで、そんな顔するのはごめんだ。それは自己憐憫の構造に思えた。元々、自分にはそういう傾向がある。だから余計にそう思った。自分は、フリッパーズギターのファーストを、尾崎豊に対置させて聴いた。「ぼくたちは青春の終わりを喜んで迎え入れる」「ぼくらに必要なのは一切れのパン」。そこには焦りや怒りはあるけど、甘えとか自己憐憫はなかった。フリッパーズのファーストを一番聞き込んだのはこの時期かもしれない。

ユニコーンは、「服部」のタイミングから聞き始めて、とても好きだった。物語の容器を作りそこへ忍ばせる本音、という構造。でもこの年の初め、そのユニコーンから西川が脱退してしまう。シングル「すばらしい日々」は名曲中の名曲。喧嘩した友達に送る歌として聴くことができる。当時自分にも口を利かなくなってしまった友達がいたから、ひりひりと共感してしまった。「素浪人ファーストアウト」西川さんのドラムと民生くんの声だけでできたAメロ、この不思議な静かさ。この年の9月にユニコーンは解散してしまうので、「スプリングマン」はラストアルバムになる。今思うと、ビートルズで言えば「ホワイトアルバム」後のゲットバック・セッションから「アビーロード」への流れと良く似ているようにも思う。「ホワイトアルバム」的なバラエティがあると同時に、「アビーロード」的な(演技としての?)統一感があって、所々に奥田民生が覗かせる切迫感がピリッとくる。素晴らしい一枚でした。聴きまくりました。関係ないけど「アビーロード」も「スプリングマン」も、同じような黒っぽい色彩の印象がある気がする。

この当時、自分の住んでいた街にもユニコーンのツアーがやってきて、見に行ったことがある。この時点で、すでに西川さんはメンバーではないので、サポートドラマーが入っていた。佐野元春のバンド「ザ・ハートランド」の古田たかしさん。にこにことパワフルに叩く姿が頼もしく、とても楽しそうだった。(もしかしてこの時の経験が、のちの「ザ・ハートランド」解散につながっているのではないかと思ったこともある。だけど、時系列的に合わないかな。)このコンサートで披露された「すばらしい日々」は、キーボードの阿部さんもギターを弾く必要があって、阿部、EBI、テッシー、民生のこの時点のユニコーン4人全員が、ギター(の形の楽器)を肩からぶら下げて横一列に並んでイントロを始める。後ろにはニコニコと古田たかしさん。その絵面がとてもとてもかっこ良かった。

ブルーハーツの「DUG OUT」も好きだった。初めに激しめの曲を集めた「STICK OUT」が出て、その後に出たメロウ目のアルバムでした。真島昌利の「夏のぬけがら」が大好きだった自分には凄くフィットした。特に「夕暮れ」という曲が好きだったな。ふらふらと各駅停車の電車で旅行した時、窓から外を見ながら聴いた。車窓から見た、雨に煙る森の木々を思い出す。なぜか「この歌は、子供ができたら聴かせよう!」って思った。(聴かせませんでしたが )。

学生生活が終わることへの不安、自分への自信のなさ。そんなものが積もってか、この時期、気持ちは塞いでいた。でも表面上は、なんてことはない顔をしないといけない。授業もあるし、実験もある。野球大会も出ないといけないし、歯医者にも行かなくてはいけない。あさ早く起きてしまって突然スクータで海を見に行ったりした。朝5:00の海は脱色されたようでありながら大きな存在感があって素敵だった。帰り道は通勤渋滞に巻き込まれて大変だったけど。

そしてその頃。小沢健二のソロデビューを知る。シングル「天気読み」。実はこの時点では、自分にとって小沢健二はフリッパーズギターの「じゃない方の人」だった。「歌ってない方の人か・・・」みたいな感じ。このシングルも購入はしなかった。カセットに録音してたいくつかのシングルCDの中の一枚。

初めて聴いた時のことを思い出す。この街で、自分の専攻する分野の学会があって、その会場がたまたまアパートの近くだった。当日には雨が降ってしまったこともあり、いつも通学に使っているスクータではなくて歩きで行くことにした。歩きなのでウォークマンでカセットを聴きながら行く。そのカセットに、週末に録音した「天気読み」が入ってた。土砂降りの雨の中、傘を差して歩きながら聴いた。気分は不安定なまま。

初めの感想は「なんだこのスカスカな曲は」だった。ずーっと同じフレーズを繰り返すようなバックの演奏。一文の長い歌詞のその情報量の多さ。まるでラップみたいだなあと思った。フリッパーズのあのキラキラしたアレンジと甘い声はどこに行ってしまったのだろう。そう、声。なんだこの生々しい声は。でもそのせいか、歌詞が良く聞こえる。その歌詞! 「ねえ本当はなんか本当があるはず」。「灯りをつけて眩しがる瞬きのような鮮やかなフレーズを誰か叫んでいる」。アレンジはスカスカ、テンポは落着き気味、歌は決して上手くは聞こえない。だけどメロディは爽やかで歌詞は新鮮なフレーズに満ちていた。

そしてむしろB面曲「暗闇から手を伸ばせ」にやられる。一曲目と同じスカスカ演奏のシンプルなイントロからの「エビデイエビデイエビデイエビデイ」だ。うわぁかっこ悪い! ふざけたときのユニコーンみたいじゃないか。えー?フリッパーズってこういうの嫌いなんじゃなかったの? でもその後、「たとえまだ君が臆病なままで少し戸惑うとしても」にコツンと頭をつつかれる。あ、あれ? ああそうか俺。臆病だったのか。もしかして。そして戸惑ってただけなのか。そうか。そうかもしれない。雨の中を歩きながら、少し上を向いてしまった。

このカセット、この後とにかく何回も何回も聴いた。噛めば噛むほど栄養がほとばしり出てくるような気がした。それなのに風が通ってる。同じカセットには、KANの「まゆみ」も入れていた。「雲と話をしよう」と同様、時代の空気の変化をよく表す名曲。80年代後半の空気から90年代前半への橋渡しとしても秀逸。好きだったな。「天気読み」と呼応するような気がしたものです。同じカセットに入れたのは偶然なのだけど。

シングルを聴いた時点で実は知らなかったのだけど、小沢健二はシングル発売前に、フリーライブをやっていた。それを見たフリッパーズギターの盟友、小山田圭吾さんの感想が耳に入る。曰く「尾崎豊みたい」。いや全然違うでしょ。全然違うじゃん。尾崎の「本当のこと」は手に入らない前提だけど、小沢の「本当のこと」は手に入れる意思を感じるじゃないか。ただ自分は尾崎豊を嫌いではない。叶うならば、子供のことをニコニコしながら歌う尾崎が見たかった。

そして8月。あの寒い夏がやってくる。

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