【コラム】笠原昂史という漢

今シーズンの初現地観戦は第2節のニッパツ三ツ沢球技場。歴史ある球技専用スタジアムで、建物自体は老朽化が否めないがピッチと観客席の近さは日本屈指だ。

こちらスネーク。ベンチ裏に潜入した

普段、現地で観戦するときはピッチを俯瞰して見るために上段の席を取るが、この日は珍しくベンチ裏最前列の座席を確保した。かなり奮発したが「選手・監督のコーチングを間近で聞きたい」という目的があって、十分すぎるほど元は取れた。

ここに書ききれないほど、多くの情報を読み取ることができた。キングカズに小さく拍手しながらドレッシングルームに戻る五月田、ベンチで若手と談笑する奥井、ピッチに入って笑顔で鼓舞する二見、いつの間にかセットプレー担当になっていた井出GKコーチ。なかなか中継では拾えない部分まで堪能することができた。

その中でも強烈に印象に残ったのは"控え"GK笠原の声だった。DAZN中継を見直してもほとんど声を拾っていなかったが、アウェイ寄りのメインスタンドに座った観客は全員が笠原のコーチングを聴きながら後半を見守ることになった。

そもそも試合中にベンチから声を掛けるのは監督・コーチで、控え選手が声を出すにしても判定に対する異議がほとんどだろう。しかし笠原の場合は完全に"コーチング"だった。

「フタ(二見)来てるぞ!」
「聖!助けてやれ!」
「ナイス!」

たぶんチームで一番声が大きく、遠くまで通るのは笠原なのだろう。長崎に所属した歴代で言っても5本の指には絶対に入る声量だった。その声量で、明確にチームを助けるためのコーチングをピッチ脇から出し続けた。

「(後ろ)同数!足りてないぞ!」

横浜FCにリードされて1点を追う長崎は後半から攻勢に出たが、常にボールを失った時のリスク管理をしていた。特に長崎の守備陣と横浜FCの攻撃陣が数的同数になるシチュエーションを警戒していて、常にプラス1の人数を確保するようコーチングしていた。

笠原のコーチングに続いて富澤から村松に「同数になってるから気をつけろ」という指示が飛び、それに対して

「ナイス、トミ(富澤)!言ってやれ!」

と笠原は富澤に声を掛けていた。その様子はもはやゴールキーパーにもコーチングしているようだった。

言うまでもなくゴールキーパーとは唯一無二にして特殊なポジションで、正ゴールキーパーが負傷退場でもしない限り途中出場はあり得ない。まして本職ボランチの五月田星矢がサイドバックで、安部大晴がサイドハーフで出場するような、本職以外で出場するケースもない。控えゴールキーパーがポジションを掴むには正ゴールキーパーを蹴落とす以外に道がないわけで、チームによっては「キーパー同士が口を利かない」ということもあるそうだ(本当かどうか知らないけど

控えゴールキーパーは今出場している正ゴールキーパーが"へま"をすれば自分にチャンスが回ってくる可能性があるわけで、極論を言えば試合中に助ける必要はない。「あーピッチ脇から見てると危ない局面だけど」と気づいたことを声に出さなくても誰にも咎められない。

それでも笠原は後半45分の間、声を出した。常に出しっぱなしというわけではなく、富澤のコーチングには被らないように気を付けているようにも見えた。今までそんな選手を見た事がなかったからかなり驚いたし、純粋に凄いことだなと思った。もしかすると「ピッチの外からでもコーチングの練習になる」という意図なのかもしれないけど、ポジションを争うライバルという関係を超越してチームの為に声を張る笠原は尊敬するべき選手だなと強く感じた。

優勝候補と目されながら開幕2戦で未勝利。この状況にヤキモキするサポーターの心情は分かるが、個人的には現地で見てもDAZNで見返してもまだ心配する段階ではないと思っている。それは試合内容を見てもそうだし、何より笠原昂史のような選手が在籍してくれているからだ。

最近閉幕した冬季オリンピックでいつの間にか屈指の人気競技になったカーリングでも、ロコ・ソラーレの選手から発せられるポジティブな声掛けが話題になった。サッカーではカーリングのようにピンマイクを付けるわけにはいかないが、ピッチが近いスタジアムなら選手の"声"に着目して試合を観察するのも一興かもしれない。

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