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【コラム】カリーレ長崎への期待と懸念

カリーレ長崎が始動した。

松田監督の解任に際して言いたいことは山ほどあるけど…まあ言っても仕方がないので部外者は口をつぐんで、カリーレ新監督に期待することと懸念していることをまとめておきたい。

①カリーレ監督への期待

◆竹村TDが語る期待

カリーレ監督の就任記者会見では具体的な課題や期待についてほとんど語られなかったが、竹村テクニカルダイレクターからは次のような話が聞かれた。

・今やっている4-4-2に近い4-2-3-1のシステム
・ディフェンスは今の継続
ボールを繋ぐときにトライアングルを常に作って前線では流動的に選手が飛躍できるようなサッカー
・経験を持っている監督なのでチームに足りない攻撃に関しては多彩な攻撃をできるようになるはず

要するに攻撃のテコ入れをしたいという話のようだ。確かに23節が終わった時点で26得点、1試合平均得点が1.13というのは昇格を目指すには物足りない数字だろう。さらにカリーレ監督からは「ボールを地面に付けて」「三角形を作って」という言葉が何度か聞かれたので、このあたりがキーワードになってきそうだ。

◆ポジショナルの要素は濃くなるのか

2021シーズンの松田長崎は比較的何でも出来るチームだったが、どちらかと言えばボール非保持に強みがあった。4-4-2の強固なブロックを敷いて相手のビルドアップを絡めとり、ウェリントンハットや澤田を中心に推進力を持ってカウンターを仕掛ける。この形で得点を量産して、松田監督就任後は自動昇格を果たした京都以上のペースで勝ち点を稼いだ。

一転して2022シーズンはクリスティアーノを中心にボール保持にフォーカスしたチームを作った。そのクリスティアーノが序盤から得点とアシストを重ねた代わりに自慢のゾーンディフェンスは機能不全を起こし、松田長崎はスタートダッシュに失敗した。2度の連敗を喫してからは原点回帰し全員が連動した守備を立て直し、課題のボール保持は加藤聖を1列上げる可変システムを導入して後方を安定することに成功した。

相手のプレスを外すところまでは再現性を持てるようになったがその先は即興性が強く、引いた相手を崩しきれずに勝点を取りこぼす試合は少なくなかった(即興が必ずしも悪いという意味ではない)

松田長崎はラフなロングボールを放り込んで相手センターバックに都倉・エジガルを当ててセカンドボールを回収するような形も取り入れていたが、カリーレ監督の言葉を額面通りに受け取ればショートパスを繋いで相手を崩すような志向に変わっていくのかもしれない。例えば現代サッカーの大きな潮流である「ポジショナルプレー※」のエッセンスを取り入れていくのであれば、それはそれで見応えがありそうだ。

※ポジショナルプレーとは元々チェスで使われていた用語で「ポジションの優位性から戦術が生まれる」という概念。"ショートカウンター"とか"オーバーラップ"みたいな具体的な戦術ではなくあくまで〈概念〉なのでとても理解が難しい。かくいう私も全く理解していない。

◆三角形を作るためのトップ下

カリーレ監督が愛用する4-2-3-1は松田監督が信奉していた4-4-2と一見似たようなシステムだが、いわゆるトップ下と呼ばれる選手はより自由に動いて様々な局面に顔を出すことになる。このポジションに誰が抜擢されるのか、というのが甲府戦で分かりやすく注目するべきポイントになる。

前線で三角形を作るトップ下

トップ下は守備者の中間に立ち、相手プレスを予測できる視野を持ち、トラップやターンの技術が求められることになる。かつて長崎に在籍した選手だと名倉巧はその典型のような選手だったが、今の在籍している選手なら山崎亮平や大竹洋平がそのキャラクターに近く、またクリスティアーノが選ばれる可能性もありそうだ。

トップ下以外にも注目点はある。ポジションが1つしかないゴールキーパーは誰が選ばれるのか?天皇杯のパフォーマンスを見れば原田岳が抜擢されても不思議ではない。センターバックは二見、江川の左利きコンビが務めているが、カリーレ監督が左利きが並ぶ違和感を嫌がれば人選は変わってくる。左肩上がりの可変システムを採用しないのであれば右サイドバックは村松である必要がなくなり、奥井や高橋が名乗りを上げてくる。松田監督がベンチに座らせる決断をしたクリスティアーノとカイオセザールのスタメン復帰はあるのか。澤田崇はカリーレ監督にも選ばれるのか。

そんなことを言い出せば全ポジションが注目ポイントにはなるが、松田監督や原田監督の序列を覆してスタメンに選ばれるカリーレ監督のお気に入りは出てくるのか。またボールをどのように前進していくのか。当面の間は1試合平均得点が1.13を超えられるかどうかというのがカリーレ長崎の評価基準になる。

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これまでの序列

②カリーレ監督の懸念点

◆守備が崩壊しているわけではない

カリーレ監督の就任に際して懸念される点がいくつかある。まずは決して不調ではないチームを引き継ぐ難しさだ。シーズン中の監督交代は成績不振で当初目標(昇格や残留)を達成できないと見込まれた場合に発生する。順位というのは得点数より失点数に紐づくもので、そのため監督を交代するチームはほとんどのケースで"守備の立て直し"が急務となる。例えば2021シーズンの吉田長崎は平均失点が1.66と守備が崩壊、後任の松田監督は守備を立て直して平均失点0.8と大幅に改善することで文字通りV字回復していった。

では今回のケースはどうか。確かに自動昇格を狙うには物足りない前半戦となってしまったが、それでも現時点での平均失点は0.95と及第点の実績を残している。いわゆる監督交代ブーストというのは守備を劇的に改善した結果起きるものだが、カリーレ監督は守備の水準を維持しながら攻撃にテコ入れをする必要がある。サッカーにおける攻撃と守備は野球のようにターン制ではなく表裏一体の関係にあるため「守備はいいからあとは攻撃を」とはならない。勝てるチームにはまず守り方の土台があって、その上でいかに得点を取るかという構築がされている。守備が崩壊しているわけではないチームを引き継ぐ難しさ、というのはあるかもしれない。

◆ブラジルでの評価は"守備的"な監督

カリーレ監督は日本ではあまり知られていない監督だが(私も知らなかった)ブラジル国内やブラジルサッカーを見る習慣がある人には評価の高い監督として知られているようだ。ブラジルの名門コリンチャンスで長年アシスタントコーチを経験し、2017年に監督に就任してその年にブラジル全国選手権1部を優勝している。ブラジル代表のチッチ監督を支えた右腕的存在であり、次期ブラジル代表監督候補に名前が挙がるほどのビッグネームらしい。

カリーレ監督の経歴

カリーレ監督の経歴を振り返った時に特質するべきなのは平均失点の少なさだろう。シーズン途中で就任してわずか6試合で解任されたアトレティコパラナエンセを除けば率いた全てのチームで平均失点1.0以下を達成しており、手堅いチームを作ってきたことが分かる。UAEのアルワフダでは17/18シーズンに2位、サウジアラビアのアルイテハドでは21/22シーズンに3位という成績も残している。

失点数を抑制する(=手堅い)サッカーを志向するという意味では松田監督の後任として最適に思えるが、クラブはむしろカリーレ監督に攻撃の部分を期待していると発言している。ブラジル1部で優勝した17/18シーズンのコリンチャンスのフルマッチを見た感想は(元名古屋所属の)ジョーが凄いという印象が強く、確かに守備に連動は見られたが攻撃はワントップの技量にかなり左右されそうだった。もう5年も前の、しかもたった1試合しか見ていないので何の判断材料にもならないが、カリーレ監督の履歴書とクラブが期待する部分にミスマッチが発生していないことを祈りたい。

◆同一クラブに長く在籍したことがない

カリーレ監督の経歴を見た時にもう一つ気になるのは各クラブでの在籍期間の短さだ。コリンチャンス、アルイテハドでは500日ほど在籍しているがそれ以外のクラブは1年未満で退団している。これが契約解除(=解任)なのか元々の契約なのかまでは面倒くさくて調べていないが、ここまではブラジルと中東のクラブを行ったり来たりしている。

長崎としてはカリーレ監督に長く率いて欲しいという意向があり、カリーレ監督もその意欲を会見で語っていた。果たして監督を次々に入れ替える長崎と、所属クラブを転々としているカリーレ監督の関係が3年以上続くのか。transfer marketによれば2023シーズンまでの契約を結んでいるようで、おそらくJ1昇格を達成できた暁には契約更新の話をするのだろう。この関係が長く続くことを願うばかりだ。

③スタジアムシティ開業をJ1で迎えるために

選手もフロントも口々に「今年の昇格もまだ諦めていない」と語るが、少なくともフロントは「かなり厳しい」と考えているだろう。自動昇格に必要な勝点が80だと仮定すると残り試合を14勝3分2敗という驚異的なペースで勝ち続ける必要があり、もちろん昇格POに参戦できる可能性は十分にあるが今のレギュレーションは圧倒的にJ1側が有利だ。

ビジネスにおいて希望的観測の上で物事を進めるほど恐ろしいものはなく、フロントの見立ては経営者として恐らく正しい。やはり会長にちらつくのは2024年のスタジアムシティ開業であり、何としてもJ1のクラブとして新スタジアムのこけら落としを迎えたいという思いだろう。2023年を勝負のシーズンに設定しているからこそこのタイミングで監督交代に踏み切っているはずだ。(個人的には言いたいことが山ほどあるが以下略)

ジャパネット体制になってハード面での充実は明らかだが、強化の面では費用対効果の悪さを露呈している。ただ唐突にルアンを連れてきて扱いに困ったときに比べると、まだ実績のある監督を招聘してきただけ進歩が見られる気がする。果たして今回の監督交代が吉と出るか凶と出るか。それは2023年の11月頃に答えが出ることになるだろう。

〈参考文献〉

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