コンビニのレジでエコバッグを忘れたのに気づいたとき、『中二階』のニコルソン・ベイカーはストロー新時代を笑ってんのかなと思った

 2020年7月よりレジ袋が有料化し、財布だけ持って買い物に行くってことができなくなった。とはいえ、コンビニに行くのにトートバッグを持っていくみたいな習慣もないので、ズボンのポケットに折りたたみの小さなエコバッグを突っ込んで出かけている。そこだけぷくうと膨らんだ右ポケットはいかにも不格好で収まり悪く、どうにかならないものかといつも思っている。

 手ぶらで出かけたいがために膨らむポケットも悩みの種だが、それ以上に極まりが悪いのがコンビニでの会計中にエコバッグを忘れたことに気づいたときだ。「レジ袋は有料になりますがおつけしますか?」とコンビニの店員に聞かれたときにどんな顔をすればいいってんだろう。

 感覚としては先生に名指しで「○○くん、昨日の宿題はやってきましたか?」と聞かれたときに近い。その時点で宿題を出してないのだから、やってきていないに決まっている。聞かれているのは要するに「宿題をやってきていませんよね?」なのだ。同様に「エコバッグを持ってきていませんよね?」なのだ。気まずそうに「すいません」といい3円の罰金を払い、僕は環境に悪いビニール袋に商品を詰めてもらう。商品と一緒に罪悪感を持って帰るあの感じは慣れないし、それでもエコバッグを忘れてしまう。

 初めてマイクロプラスチックの地球環境への悪影響を知ったのが何年前かも覚えていない。ただスタバだったりマクドナルドだったりがプラスチックストローを止める話が出たときの感想は憶えている。「まさか紙ストローの時代が来るってのか」だった。

 紙ストローを知ったのはニコルソン・ベイカーの『中二階』からだった。読み始めると、4ページ目の店員に「ストローはお使いになります?」と聞かれるシーンでストローに注釈が2ページ分くらい入る。誰でも知っている水吸い筒にようそんな書くことあるなと思った。

 彼のストローに関する話を要約すると、1970年代に紙ストローからプラスチックストローに変わった。プラスチックになるとコーラよりストローの比重が軽いため、ストローが浮かんできて驚く。ただ同時にジュースに十字の穴が空いた蓋をチェーン店がつけ始めたため、ストローは固定されるようになった。しかし、大手チェーン店以外は蓋をつけないから結局ストローが浮かぶ。読んでるときも思ったし、今書いていても思うけども、何の話だ、コレ。

 『中二階』はこういう日常品の細かい変化や仕組みに対し、主人公がひたすら注釈で考察を入れていく小説である。靴下の脱ぎ方や紙のミシン目など、そんなことを熱意入れて考えるもんかねという題材を選んでくる。ミシン目から製作者の狙いに飛び、ドアノブを回すときの重みから父のこだわりと愛着へと話を進める。その着眼点と執着と発想の軽さと説明の簡潔さにはあこがれを感じてしまう。頭のいいひとのどうでもいい思考を覗いている気分になるような小説だった。

 『中二階』ではわざわざストローに二回目の注釈もつく。こちらはストローの変遷の話ではなく、ストローが包まれている紙袋を脱がせるために下に下ろそうとするとストローが紙の抵抗に負けて、ぽきんと折れる現象についての話である。マジで何の話だよ、それ。そんな文句を書いた後、『中二階』ではこう続く。

しかし私はこの誤りもいつかは改められると信じて疑わない。そしていつかは、ストローの紙袋を取り去るのに難儀した数年間を懐かしく思い出す日さえ来るに違いないと思っている。

 一周して、紙ストローの時代が来るらしいぜ、ニコルソン・ベイカー。コンビニ袋のわしゃわしゃした感覚や店員の商品の入れ方スキルを懐かしむ時代がもうすぐ来そうだよ。サザエさんは財布を忘れてもpay払いできるけど、買い物袋持参しないといけなくなっちまったよ。全然愉快じゃないよ。慣れ親しんだ生活習慣の変更に戸惑いを感じ、誰かに答えを求めたくなる7月だった。今、何考えてるんだよ、注釈入れろよ、ニコルソン・ベイカー。

参考文献 『中二階』ニコルソン・ベイカー著 岸本佐知子訳 株式会社白水社 1997年発行。 

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