タスマニア劇場の完結編はデボンポートから始まる、終わりの街デボンポート。

　ローンセストン→ホバート→ヒューオンビル→フレシネ→ロス→クレイドル・マウンテン→スタンレー→デボンポート……順番に並べるだけでなんだか素敵な感じするよね、この羅列。
　ウォッシュレットも暖房便座もない、硬い紙しかない世界だけど響きは良い。

　1年オープンで航空券のチケットを取っていたので帰りはシドニー発というのが決まっていた。もしかしたら変更可能だったのかもだけど、そんなことは考えもしなかった。

　日本に帰る前に、西オーストラリアのパースで知り合った友達に会うためメルボルンに寄りたかった。調べてみたらタスマニアからメルボルンまでフェリーで行けるということで、豪華客船『スピリット・オブ・タスマニア号』に乗り込むことに。
　夢の大陸横断鉄道とか、豪華客船とか、そういう響きに魅かれたらつい乗っちゃうよね。もちろんどちらも1番安いチケットで乗るから、そこに待っているのは当然の地獄である。貧民たちは豪華客船の『重し』なのさ。
　けど夢の大陸横断鉄道と比べれば然程地獄でもなかった、むしろ天国かもしらん……あくまでもアデレードからパースまで2泊3日のあの忌々しい地獄のインディアン・パシフィックと比べればの話だが。
　デボンポートからメルボルンまでは10時間程度で1泊2日の旅、部屋はないけど船内には共用のホールやポーキールーム、バーやレストランもあるからわりと優雅な船旅。お金があればもちろん絢爛豪華な部屋に泊まることもできるんだけどね。入ったことないからあくまでイメージだけど。
　ポーキーってのはスロットマシンのことで、10セントの台がズラッと並んでたんだったかな、今ならスマフォやタブレットがあれば10時間ぐらい余裕で過ごせるだろうけど、その頃はそういうのがなかったから、ビール飲みながらダラダラとポーキーするぐらいしかやることがなかった。
　それでも車窓からカンガルーの数を数えるぐらいしかやることのなかったあの列車よりは間違いなくマシ。因みに独自ルールでワラビーは1ポイント、カンガルーは2ポイントってことにしていたけど、見分け方は分からないし知らないし実際どっちでも良い。

　まったりとポーキーしてたら急にロックンロールの神様が降りてきて、これからメルボルンに寄ったりシドニーも少し観光したかったんだけど、そのための資金を全部ポーキーにベットしたらどうなるかなって、そんなことを思いついた。
　「試しに全部賭けてみて、なくなったらもう日本に帰ろう」
　そんなことを言い始めた変人を友達は苦笑いで見守っていた。まさか本気じゃないよなコイツ……って思っていただろう。

　全財産ぶち込んだ。

　しばらくするとサイレン？ブザー？頭上で何かけたたましい音が鳴った、鳴り響いた。鐘を鳴らせ、鐘を鳴らせ。
　まわりで遊んでいたお客さんたちが全員立ち上がってきて、すっかり囲まれてしまった。そして歓声が上がったが、なにが起きているのかサッパリだ。何かが揃ったのは分かってだんだけど、それが何なのかがよく分からなかった。メダルが詰まったかなんかで警報が鳴ったと思っていたぐらいだし。
　次の瞬間、激しい音を立ててコインの山が崩れ、ジャクポットのコインが全て流れ込んできた。
　拍手喝采。スビアコのスタジアムで観たワラビーズの試合を思い出すぐらいの、あのゲームは良かった、スプリングボックスを逆転で下したあのトライは忘れられないな。

　10セントの台だったから、それでも勝ったのは30万ぐらいだったと思う。すぐに拙い英語で航空会社に電話をした、韓国の航空会社だったから誰か日本語喋れる人はいないかとも尋ねた、兎にも角にも帰りの便を1ヶ月延期したい、しなければならない。

　そんなわけでオーストラリア最後の1ヶ月はポーキーで勝った金でダラダラ過ごすという素晴らしい1ヶ月になった。
　メルボルンに住んでる友達のシェアハウスに泊まって、あぁ、そういえばメルボルンGPのせいでホテルがなくてクソ高いのにお湯の出ないホテルに泊まったりもした。あの冷水シャワーの恨みは忘れられない。
　シドニーでは優雅にちょっと良さげなホテルに泊まって、アウトレットモールで家族へのお土産を買ったりも。
　1年で培ったハングリー精神や節約の意思、資本主義への提言なんてのはギャンブルの大勝ち1発で吹っ飛んでくんだから、人生て不思議なもんだ。

　タスマニア劇場、あの場所で学んだこと、毎日早起きしてコツコツ地道に働いて、時がきたら全てぶち込んで勝った奴の勝ちで、負けた奴の負け、そんなもんだ人生は。
　身も蓋もねぇーな、けど嫌いじゃないし、実際に人生ってのはそういうとこある。

　いつかまたあの景色を見に行こう。