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【タスマニア劇場⑤】

【タスマニア劇場】

 イチゴの1レーンとは違い、リンゴの1レーンには果てがないように見えた。ボロボロだが丈夫な袋を背負わされ、与えられたのは2mほどの脚立だけ。
 摘んだリンゴを背中の袋に投げ込み、背負えないほど重くなったら木枠のボックスに流し込んでいく作業の繰り返し。ボックス1つを満タンにしたら40ドル〜50ドルとかそんな感じだったかな。当時のオーストラリアドルは1ドル75円ぐらいだったから、1箱で3500円ぐらいで、稼げるかどうかは己次第。

 それぞれに自分のレーンが割り当てられて、ひたすらリンゴを千切っては投げ千切っては投げの繰り返し。思っていたより孤独な作業で、青空と雄大な景色がなければ5分で飽きていたと思う。
 青リンゴの季節ということでまずはグリーンアップルの収穫だったんだけど、日本語ってなんで緑を青って呼ぶんだろうね、信号とかリンゴとかどう見ても緑なのに青って表現するのはなんでなんだろう。
 青リンゴのめんどくさいところは、グッと握って詰んでしまうと指のマークがついてしまうところで、特に親指のマークなんだけど、それがあるとハネ品になっちゃうから怒られるしハネられるとせっかく摘んで詰んでも無駄になる。
 マークがあるとそこからリンゴは傷んでしまうから、今でもリンゴを買う時はマークが浅いか深いか確認してしまうのは完全に職業病
 スッと引いてクイッとやれば力を入れなくても詰めるんだけど、その感覚を掴むまではけっこう苦戦するんだよね。

 そして午後になると15歳ぐらいのファームの子供が咥えタバコでフォークリフト運転しながらやってきて、リンゴの詰まった箱を運んでいくんだけど、そいつに言われるんだよ、「おい、マークをつけないように優しく摘め」ってね。
 スタンドバイミーって映画のジェリー・オコネルを不機嫌で生意気にした感じのガキさ。リバー・フェニックスっぽいなとも思ったけど、それだと調子にのりそうだからジェリー・オコネルってことにしておく。

 初めのうちは5〜6時間で3箱ぐらいしか作れなくて、それでも日当1万円、悪くない仕事だった。

 何日かそれを続けていると、被っていたニット帽を蜘蛛の巣だらけしながらそれなりにやっていたんだけど、隣のレーンのドイツ人が異常な速さで摘んで積んでしていることに気がつく。たぶん1日に7箱ぐらい積んでたんじゃないかな、パチンコの話をしてるみたいだな。
 これは負けちゃいかんと思った。その頃は懸命にやってるつもりでも4箱が限界で、金額にすると1日に1万円ぐらい負けてることになる。
 仕事が終わって宿舎に帰ってからもリンゴについて考えていた。仲良くなった日本人の男の子とその話になって、2人で対策を練る。いかに早く摘むか、いかに多く積むか。
 そんな中で思いついたのがを使ったエアリーセッティングである。リンゴの中に少しずつバレないように小枝を混ぜ入れて、フワッとエアリーに積んでいこうという作戦。ガチガチにりんごを敷き詰めずにわざと空間を作って少ない量で満タンにしてしまおうというわけだ。

 早速、思いついた次の日はエアリーセッティングを意識してリンゴと一緒に小枝や葉っぱも合間に入れて積んでいく。いつもより明らかに早いペースで箱が出来上がってく、これは作戦勝ちだと思ったよ。
 しかしだ、昼過ぎにいつものようにあの不機嫌なジェリー・オコネルがやってきて、フォークリフトで完成した箱を持ち上げた時に事件は起きた。
 フォークリフトが箱を持ち上げる時のガタガタとした振動で、満タンだったはずのリンゴの山が沈んでしまったんだ。
 ジェリー・オコネルは全く表情を変えずにタバコの煙を吐き出して、持ち上げたリンゴの箱をそのままその場に下ろした。そして別の箱を持ち上げ、また下ろす。
 最後の箱を下ろしたあたりでオコネルと目が合った。おそらく人生であれ一度きりだと思う……

 黙って子供に頭を下げたのは。

 いや、マジでゴメンって。

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