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【七転び八起きの一転び目③】

 【七転び八起きの一転び目①】
 【七転び八起きの一転び目②】

 調理師学校の同期の親がテナントビルを経営していて、ちょうど空きテナントがあるからどうだろう?ってノリで見に行ったのはビルの2階にあるスナックの跡地で10坪くらいしかない狭い物件だった。床は真っ赤、壁は擦れた白、棚はザ・スナック調。トレイも和式だったし、カウンター内の厨房設備なんてもちろん1つもなくて、エアコンもまともな換気扇すらなく、ビルの階段もどこか古臭くカビ臭いし、こんなとこで飲食店をやるなんて無理だと思ったのも無理はない。
 ま、そう思いながらも即決で契約したんだけどね。

 ポジティブな要素は家賃と敷金が安かったのと、フリーレント期間があったこと、カウンターの土台がしっかりしていたことぐらいだったけど、資金が少なくて最初から売上が上がるとも思えなかったから、ランニングコストが低く抑えられるのは魅力的だった。というかそれしか道がないように見えてた。

 開店資金は国民生活金融公庫、今だと日本政策金融公庫、いわゆる国金で事業ローンを組んで、古着屋をやるときに親から借金して他で借入がなかったのが幸いし、わりとスムーズに借り入れ申請は通った。振り込まれた300万を握りしめて、元気よく迷走継続。

 内装の工事に厨房機器の購入、特に和式トイレを洋式に変えるのが大変だったみたいで費用も35万から40万ぐらいかかったんだったかな。テーブルやイス、グラスとか食器はニトリや100均で買って安く済ませて、なんせ予算が少ないし、経費ってのは計画してたよりだいたいオーバーするものだし。
 店の名前は西オーストラリアのパースに住んでいた頃によく行っていたスポーツバーの名前から『BRASS MONKEY』に決めた。真鍮製の猿。それは昔の帆船に積んであった砲丸をピラミッド型に積み重ねるためにデッキに置く真鍮製の型枠の名前で、あまりの寒さに型枠が収縮して砲丸が転がり出すさまから『クソ寒い』という意味もある。うん、絶妙にちょうど良い。
 知り合いがデザインしてくれたロゴも完成し、地元の情報誌に広告も掲載してもらい、古着屋の方は相方に任せて、ランチタイムから夜は25時まで営業することに決めた。
 初めて飲食店をオープンさせるから、ビール会社の協賛とか知らなかったし、マーケティングもクソもなかったし、飲食関係の知り合いもほぼゼロ。あまりにも無知で無鉄砲で無計画で……あとなんか適切な悪口ある?それでも意気揚々と未来を想像して笑ってたんだから大した奴だ。

 それからどうなったかなんて容易に想像できるだろ?全くその通りそれ正解ピッタリ賞。一転びで見事に二回転したってわけだ。普通なら転んだ分だけ起き上がるもんで、七転び八起きってのは一つ多く起き上がるもんだってのにさ。
 沈んでゆく2隻の泥舟を眺めながら、やれることは何も思いつかない。古着屋の相方は閉店した店の片付けが終わるとIT系の会社に就職した。つまり1隻目は夢の藻屑と消えた。
 大砲もないのに砲弾もないのに砲弾を並べる型枠だけ積んで出航した泥舟に寝転がって、自分は無力だと打ちひしがれるべきだったんだろうけど、実際はそうじゃなくて、そんなことがどうでもよくなるぐらいの勢いで静まり返った店のカウンターでキーボードをカタカタ鳴らし、全然違うことに熱中してた、歯を食いしばったり膝から崩れ落ちて途方に暮れるべき時に。
 そしてそれが人生を大きく変える。

 こんにちは、KING MONKEYです。

『七転び八起きの一起き目①』につづく

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