信頼する人を疑うということ(後編)

先日こんなnoteを書いた。

あまり多くの人に読まれたくなかったので、5000円という馬鹿げた値段をつけました。すみません・・(誰も買わなくてよかった!)

今はことも無事おさまって、再びHerBESTに平穏が訪れはじめたのでマガジンを読んでくださっている人には無料で公開しています。(それ以外の方も100円で読めます・・・)

今日はそれの続き。信頼していた人をある日疑わなければならなくなって、やったことと、そしてそこから感じたこと。心の痛みと成長と。

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あの電話がかかってきた翌日、私はまだ一人悶々としていた。それを知ったのは土曜日。まだ月曜日まで少し時間がある。とにかく落ち着け。そう思っていた。

人のものを盗むというのは、ミャンマーでは別に珍しいことではないと思う。私がラッキーで、今までそういうシチュエーションに遭遇したことがなかっただけ。よく聞くといえばよく聞く話だ。

だけど私の頭の中には、彼女との楽しい思い出がいっぱいで、実はそれどころではなかった。あんなに真面目に仕事しているのに。誰よりも早く試験に合格して一人前のハウスキーパーになった彼女は、明るくてしっかり者で、そして正直で、良いお母さんで、そんな風には1ミリも見えなかった。

そんな彼女が人の携帯を盗むのか、そんなに彼女の生活は困窮していたか。考えても特に心当たりがない。だけど、いくつかの状況証拠がある。

こういう時に、経営者に感情がなければどれほど楽だろうと思う。気持ちに一回一回流されずに適切な判断をすることができれば、どれほど会社はシステマチックに進むことか。世の中に一定数そういう強い経営者がいるとして、少なくとも私はそこに全く該当しないのだと思い知った。(自分でも気がついてはいたのだけれど)

前のnoteにも書いたけれど、信頼している人を疑うというのは、疑う方にとっても疑われる方にとっても相当なダメージを与える。特に疑われる方。仮に無実だとして、それで「君はものを盗んだんですか?」なんて聞かれようものなら、それが原因で会社だってやめてしまうかもしれない致命的な質問だと思った。それだけじゃない。彼女を信用している全てのスタッフからの信頼を私は失いかねない。信頼は作るのに時間がかかるのに、崩れ去るのはいつだって一瞬なのだ。

でも、そうとも言っていられない。仮にそれが事実だとしたら、私たちは彼女を会社に置いておくことは難しいだろう。ハウスキーピングを仕事にしているのだ。私は、スキルがないことに対して悲観的になったことはあまりない。たとえその人がトイレをふいたタオルでキッチンを拭こうと何をしようと。それはトレーニングでなんとかなるのだ。いや、なんとかするのだ私が。だけどお客様のおうちに行く私たちは、信頼こそ全てだと思っている。そこが崩れてしまえば、どんなに仕事のできる人だって解雇しなければならない。

混沌とした頭の中で、それでもやっぱり出てきた答えは、「聞いてみるしかなかろう」であった。できる限りの十分な配慮と言葉を選んで慎重に、フラットに聞いてみるしかない。

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月曜日の朝、足取り重く会社に向かう。ここまで会社に行きたくないと思ったのは起業してから初めてだ。もういっそヤンゴン川に流されていたい。

今回の事件は一緒にシェアしているオフィスの仲間との間に起こった。HerBESTのスタッフが、そのオフィス仲間の携帯を盗んだところを目撃したと。その会社のSoe君は日本語がとても上手で、さらに被害を訴えていたのも彼のスタッフだったので、彼に通訳に入ってもらう。

今回は言葉を慎重に選びたかった。事前に打ち合わせをして、ちゃんと真実を知るためにどう質問をなげかけるか、無実の可能性も考慮して、どういう言い回しで伝えるのか、1時間ほど話し合った。

(余談:通訳ってとっても難しい。プロの通訳にお願いしない限り、やっぱりそこには人の主観や解釈の違いが入ってしまう。時間はかかってもこういう打ち合わせがないと、小さなすれ違いが積み重なって本当に間違った方向にいってしまうことを身をもって何回も経験した)

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本人を誰もいないところによんで、話し始める。彼女の唖然とした顔。

「なんの話?私全然知らない。」

彼女は最初驚き、困惑し、そしてみるみるうちにその表情は怒りへと変わる。「私はそんなことしていない。するような人でもない。あなたは今まで私の何をみてきたのか」と。

状況はこうだ。

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