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「出水のツル」と日本の心

先日、鹿児島県北西部に位置する出水市でツル(鶴)を見て来ました。30余年ぶりの再訪でしたが、広大な干拓地にツルたちが群れを成す風景に、日本の心を見た気がしました。
 
 ツルの生態について
ツル(注1) は、ツル目ツル科に分類される鳥の総称で、北米、欧州、豪州、アジア、アフリカなど、広く世界各地に生息しています。

(注1) 英語では ”crane" といい、クレーンの語源にもなっている
 
(1) ラムサール条約
国際社会には、水鳥を食物連鎖の頂点とする湿地の生態系を守るための条約があります。
 
この条約は、1971年の開催地名に因んでラムサール条約と呼ばれ、各締約国がその領域内にある重要な湿地を1か所以上指定し、湿地の保全及び利用促進のためにとるべき措置等について規定しています。
 
世界の登録地数は2,434か所で、その内53か所は下図のとおり日本に指定されています。

日本のラムサール条約湿地
(出典:環境省ホームページ

2021年11月、出水のツル越冬地がその一つに指定されました。
 
(2) 出水のツル
20世紀に入り、ツルが生息できる湿地が減少したことで、ツルの越冬地の集中化が進み、現在、世界のマナヅルの5割ナベヅルの8~9割が出水で越冬しているそうです。

マナヅルとナベヅルの渡来ルート
(出典:クレインパークいずみ

出水には、毎年11月~3月にかけて約1万羽のツルが渡来します(ピークは12~1月)。

マナヅルとナベヅルの違い
(Created by ISSA)

このほか、クロヅル、ソデグロヅル、アネハヅルなど、数年に一度、渡来するツルを合わせると、最大で7種類のツルを見ることが出来ます。

(3) 出水市ツル観察センター
出水に渡来するツルを観察するなら、干拓地に隣接する「出水市ツル観察センター」がお勧めです。

出水市ツル観察センター
(Photn by ISSA)

センターの2階と屋上に設置された展望所から、ツルの様子を観察することができます。

2階展望所から渡来地を望む
(Photo by ISSA)

また、1階の窓口で手続きをすれば、双眼鏡や一眼レフなどの貸し出しを受けられるほか、一定のルール下で東干拓に立ち入ることもできます。

東干拓への移動経路・停車ポイント等
(出典:出水ラムサールナビ

東干拓に行けば、エサを啄んだり、羽繕いをする様子を間近に見ることができます。

干拓で翼を休めるマナヅルの一家
(Photo by ISSA)

ツルは、生涯を「つがい」で過ごすと言われています。

越冬地では1~3個の卵を産み1か月ほど抱卵し、孵化した後、2か月で飛び始めるそうです。

ツルの卵は、ニワトリの卵の約2倍の大きさ
(Photo by ISSA)

これだけの数のツルが人里近くで越冬するのは、世界でもかなり珍しいそうなので、一見の価値ありです🎗️

(4) クレインパークいずみ
ツルについて、更に詳しく知りたいときは、観察センターから10kmばかり東にあるツルの博物館「クレインパークいずみ」にお立ち寄り下さい(こちらが先の方が良いかもしれません)。

クレインパークいずみ
(Photo by ISSA)

各種展示物もさることながら、無料VR体験も興味深かったです。

クレインパークいずみ
(Photo by ISSA)

2 ツルと日本文化
さて、後半はツルと日本文化についてご紹介して参ります。

ツルは日本の国鳥(注2) ではありませんが、ツルほど、古くから日本文化に深く広く浸透してきた鳥はないと思います。
 
(注2) 1947年に日本鳥学会が、日本固有酒で民話でも馴染みがあり、オスは勇敢でメスは母性愛の象徴である「キジ」を国鳥に選定

クレインパークいずみ
(Photo by ISSA)

(1) 天皇とツルの関係
日本神話には「鶴の穂落とし」という伝承があります。
 
倭姫命(やまとひめのみこと)が、天照大御神に納める神饌を求めて志摩の辺り訪れたとき、一羽の白真名鶴(シロマナヅル)が見事な稲穂を落とされ、以後、倭姫命はこの稲を穂落社(ほおとしやしろ)にお祀りしたと言われています。

以前、お話しましたが、稲穂は天孫降臨する瓊瓊杵尊に、葦原中国を豊かな国にするようにと天照大御神から授けられた神聖なものですから、その稲穂を倭姫命に知らしめたツルは神聖な生き物という訳です。

そして「優雅」で「上質」なことを表すものとして、皇室や宮家への献上品の多くには、ツルをあしらった品物が使われてきました。
 
また、以前ご紹介した、瓊瓊杵尊の三男である山幸彦が、お妃の豊玉姫の出産を覗いたら、姫が海へ帰ってしまったというお話は「鶴の恩返し」の原型といわれています。

 (2) 鶴の恩返し
鶴の恩返しは、誰もが知る日本の昔話で、人に助けられたツルが、その人に恩返しをするという報恩の物語です。

(出典:政府広報オンライン

困っている人を助けると、自分に良い行いが返ってくることや、約束を破ってはいけないといった教訓が含まれています。

物語の主人公がツルであることが、物語の美しさや切なさを、より一層、際立たせているように思います。

(3)
 折り鶴
そして、誰もが知るといえば折り鶴です。

折り鶴が現れるのは江戸時代のことで、少なくとも17世紀後半の文献に「鳥の形をした折据を作る」という記述が確認されています。

折り鶴を千羽作って、糸で束ねたものが千羽鶴で、幸福、慰安、長寿などの願いを込めて史料館、被災地、病院等に贈られたりすることもあります。

(出典:Photo Chips

千羽鶴に願いを込める背景には、「鶴は千年、亀は万年」という概念があります。

(4) 鶴は千年、 亀は万年
長寿でめでたいことを意味する言葉で、古来より、お祝いの場などで使われてきました。
 
この考え方は、古く前漢時代の思想書に見られ、中国から日本へと伝わったものと考えられています。
 
ちなみに、実際のツルの寿命は20~30年程度なんだそうです…(^^;

(5)
 JALの鶴丸
ところで、JALのロゴマークはツルの日の丸を象った「鶴丸」です。

(出典:JALホームページ

JALが、このロゴマークに込めた思いは次のとおりです。

ロゴマークの「鶴」は、大空に美しく舞う鶴の姿をモチーフとしており、また、古くより日本人の気高い精神性やきめ細やかな情緒を表現したもので、日本が世界に誇れるJAPANブランドの源泉と考えています。(中略)ロゴマーク「鶴丸」は、創業当時の精神に立ち返り、挑戦する精神・決意、すなわちJALの原点・初心をあらわしています。

JALグループは、企業理念で「お客さまに最高のサービスを提供する」「企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献する」ことをお約束しています。このロゴマークのもと、「おもてなしの心」「挑戦する精神」で、初心を忘れることなく、社会の進歩発展に貢献し続けてまいります。

出典:JALホームページ

さすがは、日本のナショナル・フラッグ・キャリアですね✨
 
JALは、年始から大変な事故に見舞われましたが、乗務員らの適切な対応により、多くの命が救われました。
 
鶴丸に込められた気高い精神や決意は、この痛ましい事故への対応を通じて十分に証明されたと言えるのでしょう。
 
おわりに
ツルは、航空力学の観点からも、非常に洗練されたモデルといえます。人間の骨は体重の20%を占めるのに対し、ツルの骨はわずか5%なのだそうです。

徹底的にボディの軽量化を図り、頭から爪先まで空気抵抗を少なくし、翼を大きくすることで省力化・効率化を図り、越冬地までの長距離飛行を可能にしている訳ですね。

左:マナヅルとナベヅルの標本
右:洗練されたマナヅルの骨格
(Photo by ISSA)

自然に形作られた美しいフォルムや、地上で「つがい」が寄り添う姿、群れを成して悠々と大空を飛翔する美しい姿に、昔から世界の人々、取り分け感性豊かな日本人の心を魅了してきたのでしょう。

ツルほど、日本人の気高い精神性や、きめ細かな情緒の象徴に相応しい鳥はないと思います。

干拓地の上空を飛び交うツルの群れ
(Photo by ISSA)

時折、澄み渡る青空の下で頭上を過ぎ行くツルの群れは、まるで飛行隊のフォーメーションのようで、空に憧れる少年のような気持ちでいっぱいにさせてくれました🍀